2008年06月11日

Canon NAVI

何やら,やっとこさ iPhone の日本発売が決まったようでございますなー.あまりに時間が掛り過ぎて半ば忘れておったぞ iPhone の存在.というか今年も泳げる頃が巡って来たが日本語 Newton はまだ出ぬか……ってこのジョーク,古過ぎて通じぬかのぅ.

ともあれ i "Phone" と言うくらいであるから電話である.率直に申しましょう,ワタシは電話てぇモノが大嫌いでございます.拙宅に電話を掛けたことのある方なら腑に落ちましょうが,普段は常に明朗なワタシが電話の受答えだけ非常にツッケンドンなのは,つまり嫌いだからなので出来るだけ掛けて来るなよ皆.何故かと言うに幼少期に電話の所為で患った強迫性障害が今に至るも根治せず……

……まぁそんな話はどうでもよろしい.この浅ましの世では,幾らゴネても電話を使わぬわけには参らぬ.幸い今は e-Mail ですとか Messenger ですとか,他の通信手段は幾つもありますれば,電話自体の重要性は薄れておる.件の iPhone とて主眼は付帯機能であり,Jobs 猊下は例によって“電話を再発明した”などと大風呂敷を拡げておりましたが,しかしてその実体はタッチパネルインタフェイスを使ったネットワークパーソナルコンピュータが電話機能備えおるという事なり.
そんなものなら「い」はトックの18年前に既に買って使っておった.…と変なツカミで昔話に持って行くのは「い」の常套手段.

いやいや,これはいかにも嘘臭いのですが嘘ではございませぬ.尤も18年前の事とて有体は有線電話ですがね. (当時の携帯電話と言うと野戦通信機まがいの重厚長大な肩掛け式で,おまけに都内しか使えぬ非実用品であったゆえ論外である)
さようそれが表題の,“Canon NAVI” 【外部資料1】【外部資料2】(リンク先写真は輸出仕様の“Navigator”.↑は当時出ていた解説書)であります.ワタシはこれをごく近年まで使っておりました.

# 「なぁんだ.携帯じゃねぇのかよ」と言う勿れ諸君.1980年代の人類は,テレコミュニケーションは有線電話とポケベルで足りており,ケータイなどというものは然程必要としておらなかったのだ.何故ならば,当時の人類は「煙草を喫っていた」からであります. (1984年の全年齢喫煙率は65%,今は45%)
これは奇を衒って申しておるのではない.緊急の用件ならばポケベルで事足りる.どうせ案件対処には生身を動かす必要があるから,それが律速になってポケベルでもケータイでも実効は変わらぬのだ.
翻って諸君自身や他の人々がケータイを使うシュチュエーションを思い返して頂きたい.大方は電車待ちの間や通勤途中など手持無沙汰なときで.不要不急の暇潰しか,間を持たすためにケータイを使う.すなわちこれ昔であれば (事の善し悪しは別として) 何気なく煙草を銜えたであろう状況に他ならぬ.であるからこそ通話機能などは二の次で,付帯機能が重要になって来るわけである.

閑話休題,薮から棒に“Canon NAVI” と申しても,今は御記憶の方も少のぅございましょうし,調べようにもネットリソースも少ないようですから.ちょいと説明しておきますと,この機械は,上掲のオールインワン筐体に,音声電話,感熱紙 FAX (及びシートスキャナ.スクリーンビューワ付) ,リボンプリンタ,モデムを内蔵し,ソフトウェアはワードプロセッサ,オートダイアル機能付アドレスブック,留守電ソフト,電卓,メモ帳などがプリインストール,さらにスプレッドシート,カード型データベース,ペイントソフト,GUI 通信ソフト,サウンドエディタ等々がインストール可能,はたまたミニゲームなどを含めた様々なフリーソフトウェアウィジェットも配布されており,それら全て基本はフィンガータッチパネル操作とソフトウェアキーボードによる GUI という,何の事はねぇ iPhone ってこれがカラー画面ケータイになっただけじゃねぇか…と思わしめるようなブツなのであります.

NAVIのキーボード# ちなみに文字入力にはキーボードの方が便利なれど,これは IR ワイヤレス+ジョイスティック付で,使わぬ時は仕舞っておけるのである.iPhone にはまだ Bluetooth キーボードはあるまいて.いくら日本仕様 iPhone には手書き文字認識機能が付いたと申しても,ワタシはそんな如何わしいものは信用せぬぞ.だいたい遥かにパワフルなワークステーション上でさえ快適な手書き日本語 OCR が実現できぬものを,記憶容量も処理速度も限られたポータブルデバイスで実用的なわきゃないのだ.
【2008-06-12 追記】
手書き文字認識は中国語環境のみとなったようです

これらの機能を実現するシステムソフトウェアはと申しますと,OS は何と MS-DOS 2.11(笑).しかしながら全て Canon 独自開発のタッチインターフェイスが完全に被されておって,コマンドラインを見る事は出来ませぬ.さぞユーザインタフェイス部分の開発だけでも大金が掛ったであろう.まっこと景気の良かった1980年代ならではの豪勢な製品でありまして,ワタシが一揃え買った時にも80万円近かったような.但し CPU は i80286で,ちょうど製品がデビューしたのが i386が出回って来た頃にあたり,ちとタイミングはよろしくありませんでしたな.

それにしても当時のキヤノン販売の勢いたるや飛ぶ鳥を落すが如くで,まだ英語版しかなかった Macintosh に漢字 ROM を載せて無理繰り日本語化した“DynaMac”なるオリジナル商品とか,数年後には NeXT を取り扱ったりと,色々と野心的な営業をやっておったものですが,この NAVI にも随分と力を入れており,通産省 G マークの認定を受けたり,“Navigator”という名の広報誌を出しておったり致しました.下の写真は,その広報誌にワタシが取材を受けたときの記事の名残であります.一緒に写った FIAT 124 Spider が懐かしい.

NAVIGATOR記事1 NAVIGATOR記事2

しかし,これだけリキの入った製品であっても,全くヒットにはなりませなんだ.現代にそれを覚えておる人が稀である事が何よりの証左.

なぜ無惨にコケたのか.これを永年便利に使っておったワタシが考えるに,やはり生まれる時代を間違えたということなのではないかと思います.つまり,既にお気付きと思いますが,此奴の生まれた時代には,まだ WWW ってものは無く,インフラも存在していなかったのであります.TCP/IP とか Hypertext とか,NSFNet などという個別の技術,概念はあっても.
すなわち当時の世界では,ネットワークを前提とした“パーソナル”コンピュータなどというものは絵に描いた餅であって,結局はこれも単なる多機能 FAX の類としてしか使い道が無かった.設計時点では,Ethernet/10BASE2-T を喋るのは UINX ワークステーションぐらいだったのですから已むを得ますまい.

そしてこいつがヒッソリと市場から消えて行った頃,折しも世は Windows95の時代を迎え,電器屋の店頭に華々しく「ウインドウズ95でインターネット!」などという惹句の幟が翻り,そして「誰でもかんたん接続」の謳い文句とは裏腹に,ビギナーにはチンプンカンプンの設定で様々な悲喜劇と阿鼻叫喚を齎した時には,ワタシは図らずも「技術の進歩とは何だろう」と考え込まざるを得ませんでしたな.そこには数年分のファンクションの進歩はあっても,ユースは却って退歩しておったように思えます.
後に iMac が標榜した「電源を入れるだけで使える」とは,NAVI にこそ相応しい表現ではなかったか.いや,NAVI の場合は電源オンオフの必要さえ無かった.常にレジューム状態で,画面にタッチすることで即座に復帰して使えるのでありました.

そして今は iPhone ならずともフルブラウザ付ケータイが当り前な時代となったわけですが,18年前のあの日々と較べて,機械の計算性能は比較にならぬほど向上したものの,利便性そのものはどれだけ成熟しただろうかと思えば,何やらうそ寒い気もするわけでございますね.


posted by 「い」 at 02:49 | Comment(15) | TrackBack(1) | コンピュータ
[この記事へのコメント]
  1. >静岡駅に真っ赤なオープンカー

    写真を見るところ、い殿の体型は今も昔もあんまり変わっていないみたいですね。
    腹が出てきた身としては羨ましいです。
    Posted by T2 at 2008年06月11日 20:17
  2. 何処を見ておるかと思えば(苦笑)

    確かに体型はおおむね同じですが,今は身体を動かさぬので筋肉がゲッソリ落ちておりますよ.
    まぁ食事にも不自由する現在の暮しでは,肥る筈もございませぬなぁ.
    Posted by 「い」 at 2008年06月11日 21:56
  3. Canon NA VI って、ほんとに使い易い道具でしたね。知り合いの個人営業貸衣装屋さんが長らく愛用してらっしゃいました。

    世の流れで PC に切り替えざるを得なくなったとき、「何で便利に使えているモノの後継が、ワザワザそうしたような不便で高いモノになるんだろう」というようなコトをおっしゃってました。

    なんでもかんでも「電算化」しなきゃいけないような時代風潮でした > そのころ。
    調査カードや台帳だってデータベースなのに、紙媒体ってだけでムゲに否定されたものでしたなぁ...。

    正しい上に現場と縁の薄い皆様がおっしゃる流行りの単語は、「電算化」、「ネットワーク」ときて、今は「指定管理者制度」でございますね(^◇^;)。
    そーいや「民間活力の導 入」って言葉が流行った時期もありました。

    世の中には何事によらず流行り廃りがあり、そのなかで右往左往するのも、まぁ、面白うございますね(^^ゞ。
    Posted by 1sugi at 2008年06月12日 00:05
  4. # 投稿フィルタに引っ掛かったとの件,まことに不便をおかけ致しております.これは実はNGワードのフィルタリングなのですが,チト何の単語がNGとは申せませぬのでお察しいただけますよう.

    > ワザワザそうしたような不便で高い

    実はワタシは正直なところ,日本の大多数の人々というのは,嘗てのWindows95,或いは現代のケータイのように,日常に到底使いこなせない複雑,多機能,高コストなものが大好きであって,シンプリシティやエレガンスってのを心の底では嫌っておるのではないかと (半ば絶望的に) 思っております.例え口先では幾ら恰好良い事を申しても.

    どのデザイナーが言った台詞か忘れましたが「日本人ってのは放っておくと必ず日光東照宮を造っちまう」のでありまして,例えば平安時代300年の間,最上位の貴族皇族が乗る牛車に施した開発は何だったかと言うに,車体に加えた“改良”は,専ら巧緻な漆や螺鈿の装飾であって,当時の冶金技術を持ってすれば易々たるものだった筈のリーフスプリングサスペンションやフリクションダンパなど思いもよらなかった.という実例がございますね.

    まぁiPhoneに話を戻せば,このような皮肉と言うか自虐めいた記事がありました.
    http://wiredvision.jp/news/200806/2008061023.html
    記事内容もさることながら,以下のようなコメントが付いているのを見ると,ワタシの持論はますます強固にならざるを得ぬのであります.

    > IR通信が無いし、Felicaが使えないし、SDカードも使えない。シンプルさと機能性は両立しないとは思わないが。

    …この人は「〜がないからよくない」をユーザニーズの数だけ繰り返したら,それは必ず日光東照宮になる.ということに気付いていない.しかもこういう意見に賛同する人は非常に多いだろう.と,斯様に考えるわけでございます.
    Posted by 「い」 at 2008年06月12日 00:50
  5. >「い」様

    PCの使い方を覚えたいからPC使うんではなくて、単に長めの文章を効率よく書いたりしたいだけなのにっ!!!。書きたいのは.BATファイルではなくて解説文なんだぁっっ!!!!!

    って心中で叫んでいたらPB100の大安売りに行き当たり、ぶったまげて林檎教徒...でございます(^_^;)。


    それはさておき。

    >>日光東照宮

    やっぱそう思われますか。

    ワタシは現代の一流伝統工芸品という奴を見るにつけ、「細工の技術は超絶だけど、なんで重箱なのだろう???。さもなければオブジェに名を借りた無意味なモノなのだろう」などと常々思っておりました。

    手のひらに載るサイズの、細かい細かい細工のカワイイ「気の利いた」小物を身につけて悦に入るorちょっと自慢するってのは印籠・根付け・刀装品に代表されるように日本人の大いに好むところであります。デコケータイやらブランドケータイ見たときにも「印籠だ」と思いましたっけが...

    ソフトもハードも細かい細工を「小型」の「定型」に「みちみち」に詰めるのがどこまでいっても好きなのですね>日本人。

    国辱として改めなくてはいけないとも思いませぬが、国粋として誇るよーな特性でもないわな、と、思います。

    まぁ。ワタシも伝統を重んじる(w日本人でありますれば、

    F801iなどという真っ橙色の「キッズケータイ」で吹奏楽仲間に練習日変更のお知らせをメールで一斉送信したりするのでございます。使いやすいんですよ(^_^;)>子供用ケータイ。
    Posted by 1sugi at 2008年06月12日 21:45
  6. あぁ・・・NA VIですねぇ

    覚えてますよ。まさしくこれが出来た時には「世の中のコンピュータを全部これに置き換えてやろうか」のような勢いでしたね。

    思ったほど市場でははけなかったのか、しばらくしたら、職場に配られてましたが・・・
    本当に使いこないしていた人はいなかったのじゃないかなぁ(^^ゞ

    そういえばNEXTもころがってたな(苦笑)
    Posted by Komi at 2008年06月13日 01:03
  7. >>6. >しばらくしたら、職場に配られてましたが

    そういう噂も聞いた事がありましたが,やはり事実だったのですなぁ(笑).DynaMac にしろ NA VI にしろ NeXT にしろ,あれほど大コケを連発して,よく Canon が大丈夫だったものだと今にして思いますのぅ.よほど複写機が好調だったのか…それはともかく.

    職場で使うのでは,ますます駄目でしょうなぁ.今なら TCP/IP を喋らぬ OS など無いし,Ethernet ブリッジチップなどタダ同然でしょうから,あのテはオフィスで一人一台のシンクライアントにうってつけだと思いますが,ナニブンにも,そういうモノが影も形もなかった20年前の機械ですしねぇ.幾ら何でも NetWare サポートってわけにも参りませんでしたでしょうし.

    夢想ですが,今に NA VI が生き残っていたらどうなっただろう.と思う事はございますな.外寸がタブレットサイズまで縮むのは当り前,プリンタは内蔵せずともプリントサーバにキューを投げればいいであろう.GUI は今でもあれで行けそうですが,OS は Linux だろうか.そうするとライヴァルは WinCE 端末か,はたまたそれこそ今回 MS Exchange Server のサポートを追加した iPhone か…「おそうじくん」が3Dポリゴンになって妙にリアルに画面を掃除してる様が目に浮かびますな.
    Posted by 「い」 at 2008年06月13日 02:06
  8. >>5. > ソフトもハードも細かい細工を「小型」の「定型」に「みちみち」に詰めるのがどこまでいっても好き

    そういう感覚こそ「幕の内弁当の美学」 http://easyurl.jp/bqd ってやつだと思うのですが,ワタシは,これはもう駄目だろう.と思っております.

    何となれば,そういう根付印籠刀鍔を始めとして今の機能過剰ケータイに至る流れというのは,「物的資源が少なく,人的資源が割に安くて高品質で余り気味」の,かつての日本の社会構造あってこそ成立ったものでありまして,翻って今はどうかと申しますれば,物的資源の不足は世界的な現象なれど,とりわけ急激な少子化に覆われた本邦には,もはや既に安く高品質な人的資源が枯渇しておるからであります.

    すなわち,社会状況の激変に国民の美意識が追い付いておらぬ.ということでありまして,あくまでもこれに拘泥するならば,周辺後進国の人的資源を蚕食せねば成立たぬ.すなわち先々は「国辱としてこれを改め」ねばならぬ仕儀になること必定.

    では,どのように改めればよいのか,また我々デザイナーは,それに代わる美意識の総体を提示する事が出来るのか……ということになるのですが,これ五里霧中にて確と語る事あたわざるあたりが,我ながら歯痒いことではあります.
    Posted by 「い」 at 2008年06月13日 02:44
  9. そういう器用貧乏は旧ソ連のメカを思い浮かべます。
    まぁキーロフもキエフも既に三〇年前のメカなわけなんですが。

    いまの海自にはそういう何でも出来るメカはないかな。その点空自のF-2は相当なもんですが、はて貧乏が先なのか器用が先なのか。
    Posted by 早池峰山 at 2008年06月14日 03:10
  10. 兵器分野での表れでは,ソ連の場合は貧乏ゆえの一点豪華主義で「大きくなることを厭わない」というところが日本との最大の相違点でしょうか.彼等は元からあまり,小型化への偏愛を持っていないようでもあります.

    日本の場合,「なにもなにも ちいさきものは みなうつくし (清少納言) 」の時代から筋金入りの幕の内弁当主義ですから,仰せのF-2も多分にそのきらいはありますね.
    また近年の海自ですと,ミサイル艇の「はやぶさ」型などは,文字通り『細かい細工を「小型」の「定型」に「みちみち」に詰める』特徴が顕著なのではないかと思います.
    Posted by 「い」 at 2008年06月14日 10:37
  11. >「い」様

    本邦ではDesignを「意匠」と意訳し、「図案」と併置しました。

    そして、近代以降現代まで、最新技術を「細工の冴え」にのみ突っ込んできたように思えてなりません。

    豊かで優しい再生能力に富む、「まぁどぉにか喰って行ける」自然を持っています。ですので、そーゆー考えでコトに臨んでも、今までは何とかなって来ました。

    ただ、世の中セチガラクなり、そうもいってはいられない。ガメツく形振りかまわずゆかないとヤバい。

    他所の国のヤリクチを取り入れるといっても、入れれば入れただけ「弁当の新しい彩り」につかっちまうから、自国の歴史を見てみるのがよいとおもいます。

    ジャパンオリジナルって言えるのは縄文時代だから、一度そこまで戻り、もろもろ確認して見てはどうか。別に火炎土器ばっかりが縄文土器ではないから。世界最古といっていい焼き物なんだから....

    ってなコトを岡本太郎が言ってから早いモノで50年近く...難しいです...昔のコトに詳しくなって欲しいってのが史学や学芸の仕事ではなく、「現状打破の方策を考えるための前提としての立ち位置確認」が本来。そのお手伝いがしたくって業界のはじっこに居るのですが...やはり何をどうしたらよいのかわかりません(T^T)。

    ただ。

    考えて勉強しても限りがないなら考え続け勉強し続けなくてはいけないのかな。語り尽くせないなら語り続けなくてはいけないのかな、と、思う今日この頃でありますm(__)m。
    Posted by 1sugi at 2008年06月14日 22:48
  12. そのへんのところは,ワタシは非常に単純な捉え方をしています.つまりこうです.
    「日本人は“技術”を“技”にしてしまう癖がある.これはもう改めた方がいい」

    # 技術ってのは普遍です.則ち (誰でも参加可能な) 文明です.
    # 技ってのは才です.則ち (畢竟個体の能力に依る) 文化です.

    こういう目で見ると,縄文が重要なのは,ジャパン・オリジナルだからじゃなく,逆に汎アジア・アフリカ, (ことによるとヨーロッパも) を包含する普遍的文明の一端だからこそ重要なのだという観点に自然に導かれます.
    (まぁこれは縄文に限ったことではなく,例えば,水稲耕作自体は「普遍的技術」ですが,日本の稲作は「技」に化けておりますね)

    普遍の「技術」ってのは,この繊細過ぎる島に置くと,どうしても大味に感じるものでありますから,日本人はこれを「技」に変換して磨き抜くことで,冴え冴えと精緻なモノを造り使い,愛して来たわけでして,それが工芸分野なら漆器細工になり,建築なら東照宮になり,食い物なら幕の内や懐石になり,弱電工学ならケータイになり,動漫なら攻殻機動隊になり,自動車工学ならVTECになるわけですな.ですがそれは,ごく近い未来には続けられなくなるだろう.というのが既に述べましたワタシの現状認識です.

    「技術立国・日本」の復活に,多くの人々が努力されていることはワタシも承知していますし,その努力が無駄とは言いませぬが,方々のやっておられることを見ておると「技術」を啓蒙する筈がいつの間にか「技」への崇敬,伝承に掏り替わってしまっておる事が極めて多いように見受けられます.これつまり日本人にとっては「技術」と「タクミワザ」の区別がつかぬほどに骨絡みの難しさがあるのでしょうが,差詰めワタシは,これを揺さぶってひっぺがすのを生涯後半の仕事とすべきであろうなぁ,などと考えております.
    Posted by 「い」 at 2008年06月15日 00:33
  13. >#10「い」様

    >>小型軽量高密度

    大和って戦艦も大きいといえば大きいですが、砲塔等のスペックを考えてみると『細かい細工を「小型」の「定型」に「みちみち」に詰め』たモンに思えてきました(^^ゞ。
    Posted by 1sugi at 2008年06月15日 20:50
  14. >>10.
    「思えてきた」というより,設計に携わった造船官の方がそう書いておられますので引用します.

    > じつは大和の誇りは,それが大きかったからではなく,それが小さかったことにこそあると,私は思っている.(中略)
    近代の科学と工業技術の神髄は,むしろ小さくものをつくることにある.それにもかかわらず,戦艦大和が62000t (基準排水量) で設計されたことは,もし諸外国の軍艦技術をもってしては,おそらく7〜8万tの艦を,たった6万t余でつくったわが技術の成果なのである.(中略) むしろ努力の主体は,いかに小さく,その船体をつくるかにあったのであった.
    (福井静夫 元造船中佐 1967年)

    あえてこれにワタシが付け加えますと,大和は,長い軍縮時代を経て初めて取り組んだ本格的戦艦であったからか,設計不慣れと思えるところが何点か見受けられる一方,日本的な巧緻という面では,それほど「たくみ」と言えるところまで突っ込んでいないように思えます.もちろんこの「たくみではない」ということはワタシはプラスに評価します.

    序でに言えば,この「小さい」大和を「大きい」と誇る日本人の心性は,いかに日本人の感覚が大きさに対するスケール感を欠いているかの証左でもありましょうしまた,「抹茶茶碗に満たされた一掬の茶に宇宙を見る」というようなミクロコスモス的世界観の発露でもあるように思えます.

    余談ですがワタシ,映画「男たちの大和」の撮影に使った,戦艦大和の原寸大セットの見学に行った事がありますが,ありゃぁずいぶん小さく狭く,ちまちましたものに感じましたですな.
    Posted by 「い」 at 2008年06月15日 22:20
  15. >「い」様

    半日「明治の七宝工芸品」を眺め回しておりましたところ、諸々納得致しました。

    思うところは...堂々めぐりですが...拙blogに無駄書きいたしましたので、お手すきの折りにご高覧たまわれますようm(__)m。
    Posted by 1sugi at 2008年06月16日 22:04
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