2008年06月17日

大人の男の (完結編)

拙ブログの過去エントリを読み返していて気付いたのですが,ぱんつの話,迂闊にも完結までに1回を残して掲載し忘れておったことに気付きました.中断したまま丸2年半とは,随分と間が空いたものですが,今回こそ終わらせますぞ.

さて話は,友人夫婦が荘重なる Ermenegildo Zegna のミラノ店に勇躍突入したところまででしたな.

おもむろに出て来たのは,慇懃で滅茶苦茶に重々しい態度の番頭であったと申します.ヴィスコンティの映画に出てくるような黒服禿頭肥満の執事風でもあろうか.そこで交わされたやりとりを,友人夫婦からの土産話にワタシの想像を補って再現しますと.

番頭「何をお捜しでしょうシニョーラ?」
友人妻「ぱ ん つ」
―壮麗な大理石づくめの店内では,さぞ異様に響いたかと存じますな.

番頭「ぱんつ.でございますか」
友人妻「そうだ.ぱ ん つ.だ.男物の. それを友人から求められた.此処に来ればそれが得られる.と友人は云った.我々はそれを得るために日本から来た」
(あまり流暢でない固いイタリア語のニュアンスでございます)

―すかさず夫が助太刀.
友人「我々の友人は,貴社のぱんつを長年求め続けている.そして今,我々はそれを託されている.友人の望みを叶えてやりたい.あれは気の毒な男なのだ」
(まぁたぶんこんな感じのイタリア語なのではないかと)

権高な番頭の顔が,一瞬,困惑に曇ったと申します.確かに妙な注文には違いない.商品として存在はしていても,店頭に拡げてあるようなものでもない.そも「天下の Zegna にぱんつだけ買いに来る日本人」という行動自体が不審である.
ただ,昔読んだ林 真理子の随筆だったと思うが「最上質のホスピタリティというのは,顧客がどんな唐突な注文をしても平然として事に当ることである」てな意味の一節がありましたが,この番頭も見事にそうであったらしい.

番頭「…色をお伺いしましょう」
友人妻「白」(即答)
番頭「結構 (深く頷く).全く男の下着は白に限りますな.暫くお待ちを」

斯様な仕儀で,友人夫婦には非常に厄介を掛けましたが,かくて万里の波涛を越え,メデタク我が手許に再びエルメネジルド・ゼニアのぱんつが齎されたというわけでございます.そして今,その日から数えても9年の歳月が流れ,銀座にZegnaの直営店も出来,我が国の民度も向上したか,再び実店舗で購入出来るようになった…とコメントを頂きましたのは記憶に新しい先日の事.初めての出会いから実に30年近い年月を閲した長い長い旅路の終りでございました.

と,ここで話は感動の大団円を迎えて終わってもよいのですが,いちおうワタシもこの30年のうちに,一介の貧書生から,畑違いとは云え一介の貧デザイナーとなったわけである.ヨソ様の製品に心酔してばかりでは只のブランド馬鹿と変わらぬ.そこでこの小論の本来の眼目であった,「大人のぱんつのデザインは如何なものが好ましいか」という,考察をヒトクサリ加えてみたく思います.
何?本来の眼目はソレか,と? カテゴリを御覧あれ.最初から「デザイン」となっておりましょうが.

差し当り機能主義的観点からアプローチしてみましょう.
「ぱんつの設計要求条件」とはすなわち「局部を快適に保持する」ことであります.要するにそれだけで全てであって極めて単純である.これでは何ら造形の取っ掛かりが無いに等しい.すなわち機能主義的設計手法は,ここで早くも股間の前に限界を露呈するのであります.

それでなくとも機能主義というのは「既にカタチあるモノに文句をつける時には非常に役立つが,未だカタチのないものには何も言えぬ」のですな.
「否,機能は間違いなくカタチを導き出すのだ」と主張する者が居るとすればそれは確実に Function と Use を混同しておるのであって,すなわち特定の形態しか導き出せないような一価函数は現実問題としてデザインの役には立たぬ.これは機能主義モダニズムが容易に陥り易い陥穽であって,思えば古典的名著として名高い,和辻哲郎「風土」の時点で既にこの弊に陥ったまま,近年まで至ってしまったわけでございます.

そこで切り口を変え,社会学,記号論的設計アプローチではどうか.すなわち,ブリーフ (一応ボクサーブリーフもここに含めます) かトランクスか.であります.これは機能主義では捉えられない概念でありますね.どちらも「記号」でありますゆえ.

「いやそうではない,そも睾丸が体外にあるのは精子を作る細胞が熱に弱いからであって,陰嚢が体表面に密着して高温となるブリーフは生殖機能の上で難がある.このことからトランクスには機能的必然性があるのだ」というファンクショナリストからの反論が予想されます.ではそれはどうなのか.

検索してみますと,本邦のトランクス/ブリーフ比は6/4〜8/2あたりのようです.ひどく数字にバラツキがございますが,全体傾向としてはトランクスが多数であることが見て取れます.然るに欧州では言うまでもなくブリーフが主流でして,かと言って欧州に無精子症が目立って多いと云う話もトント聴いた事がございませぬし,そんな事を言い出したら,近代初頭までの日本はブリーフより更に面圧の高いフンドシ文化圏だったのだから,無精子症が大量発症していなければおかしい.実際にそのような臨床データがあるのか調べてみましたが,ワタシには見出す事は出来ませなんだ.もし信頼性の高い論文を御存知の方が居られたら是非ご教示賜りたい.

さらに機能的な観点で申せば,ブリーフと較べトランクスには明確に劣った点がある.それは運動性,ぶっちゃけて申せば外性器の保持性能であります.「俺はトランクスでも保持性能に問題はないぞ」と言う声もありましょうがそれは君の性器が小さいからであってワタシぐらいになるととてもそんなもんじゃ間に合わ,もとい,あくまでも「実用上支障無い」事と「優劣」の概念を混同しては不可ない.
このように機能評価というのは極めて恣意的にて確固たるものに非ず,評価項目や評価手法によって大きな揺らぎを示すものであって,恣意的なるものを確固たりと看做すはドグマ以外の何者でもない.

以上,簡単ではありますが,ブリーフとトランクスの機能性比較は,双方に一長一短はあるものの,あくまでも相対的であって決定的なものではないことがお解り頂けたかと存じますが,では,なぜ本邦ではブリーフが好まれないか.やはりこれは「何となく見た目に情ない」「ママの買って来たのをそのまま穿いてるような感じ」というような,明確に根拠を示せない,すなわち社会的慣習や,「川俣軍司はBVDのブリーフだった」というようなネガティヴな記号性に起因することも首肯頂けるかと存じます.

そこで「理屈はもうよい.では貴様が設るとしたらどのようなデザインを試みるのか」という御質問もありましょう.さよう,もしワタシが設るとしたら,陸上競技用パンツの形態をベースにするかと思います.すなわち機能部分と記号部分のアーティキュレーションであります.すなわち Robert Venturi 提唱したところの,デコレイティッド・シェッドに,Mario Bellini の HP-1 におけるフォルムと機能の分離を加味した折衷主義と申してよろしい.

陸上競技用パンツの構造なら運動性と通気性,及び美観を兼ね備えることが出来ましょう.但し素材はドレスシャツに使う高番手の綿糸ブロード,乃至はニットであればシルクで,裾部分は張り確保と翻りを防ぐために極く細いパイピングを施し,ウェストはゴムシャーリングと平紐の両方の仕様があるのが望ましく,前立ては実用性に乏しいので陸上競技用と同様に無し.

……とまぁ,もし可能であれば,Zegna のオーダーシャツコーナーに乗り込んで,海島綿などの最上級のシャツ生地を色々と出させては吟味し,「では,どのようにお仕立て致しましょう」と言われたら,徐に「このようなぱんつを頼む」と胸を張って誂え,以て世に問うてみたいものでありますね.

【関連エントリ】
大人の男の
大人の男の (青春立志編)
大人の男の (雌伏編)
大人の男の (ぱんつぁーふぉ編)
posted by 「い」 at 23:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | デザイン
[この記事へのコメント]
  1. ぱんつといえば、我が娘(3歳)が愛用している「こうきゅうおぱんつ」(原文ママ)も綿100%なのに手触り光沢フィット感とも優れております。
    どこのものかと申しますとかのLa Perla(http://www.laperla.com/)でございます。さすがイタリア製。
    子供用なんて作ってたんだと勢いで母に買わせてみたものの、その存在感に驚きました。
    しっかりフィットしていて、ちゃんと前も後ろも包み込まれており、しかも動きやすそうでした。
    ちなみに色は白でございます。
    ゼニアは当地にも路面店がございまして、生地から選ぶオーダーネクタイなんて粋なイベントもございました。けっこうお手ごろな価格でしたが、ネクタイだけ頑張ってみても…。
    あの手のスーツを着る機会も必要もない生活ですので。
    では。
    Posted by "ね" at 2008年06月20日 22:07
  2. > 綿100%なのに手触り光沢フィット感とも優れて

    30年前に Cagi のぱんつに感銘した時に俄勉強で調べて,そのときの記憶で書くのですが,綿繊維に光沢を出すのは「シルケット加工」と申しまして,繊維を引張ってアルカリ液で処理する処方があるらしい.つまりはストレートパーマみたいなものでしょうか.

    ところが,肝心の綿繊維の長さが短いと,洗濯すればたちどころにケバ立ち,効果がなくなってしまう.つまり,光沢と風合が長保ちするのは,元の綿繊維からして長繊維で,かつ強い引張抗力,耐ねじれ性に優れていることを意味する…ようであります.

    長繊維の綿と言うと,かつてワタシが使ったことのあるのは,和光で買った Sea Island Cotton のハンカチぐらいですが,確かにあれは不思議なぐらいに光沢と風合が長保ちしましたな.
    察するにZegna のぱんつも,そのような長繊維の綿を使っているのではないかと.普通に洗濯機で洗って干すだけで何も特別なことはしませぬが,明らかに風合の耐久性が段違いでありますね.

    # 難点はゴムであります.真っ先にヘタるのはゴム部分.イタリアのゴムは PIRELLI のタイヤからオイルシールや O-リング,ガスケットやコンドームまで全て信用ならぬ w

    > ネクタイだけ頑張ってみても

    ネクタイだけ Zegna ってのは確かに些か情ない気が致しますが,ぱんつだけ Zegna ってのは,これはなかなか粋なものと存じますが貴殿も如何ですか.
    Posted by 「い」 at 2008年06月20日 23:45
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