2009年04月22日

たった今,見たばかりの夢を書く.

たった今,見たばかりの夢を書く.
ある日私は,我家の2階を貸している下宿人の男に,小鳥を暫く預ってくれるよう頼まれた.腹の羽毛は白く,羽根は緑色のメジロに似た,まだヒナから羽根が生え揃ったばかりの幼鳥である.ただメジロと違って目は真黒で,瞼の縁を赤く細い線が取り巻いている.理由は知らぬが北朝鮮から一時預った小鳥であると言う.

この下宿人の男というのは外務相勤めの独身で,給料は高いらしく良い背広を着ているが,生活態度はダラシ無く,酷くケチな癖に見栄っ張りで自分勝手な厭な男である.都心に建つ古いメゾネットの我家に間借りしているのも,官舎で自分が家事をするのが厭で,さりとて掃除婦などを雇う気もないケチな上に出張が多いので,高いマンションに住む気もないからと察せられる.尤も私も先年に家内を歿くし,寄る年波と共に古傷を負った足が不自由になって2階は使っておらぬし,御多分に洩れず家計が苦しいので双方の都合は合うのだ.

是非の返事も待たぬままに男は私に小鳥の籠を押し付けると,背広を着て出て行ってしまった.実に得手勝手だが,さほど邪魔になるものでもない.私は机上の片隅に籠を置いたまま午前中の書き物を終え,気がつくと昼飯時である.今日は桜の狂躁も終わって青葉時の天気もよく,飯の支度もしていないので近所のラーメン屋に行く.既に売れてもいない初老の貧乏デザイナーの私が気軽に外食出来るのも,奴の払う下宿代のおかげと思えば苛立たしさも紛れるというものだ.家中の戸締まりは面倒なので,そのまま籠を提げてサンダル履きで歩き出す.小鳥は猫にでも襲われると困るが,他には盗られて困るような物は何も無い.


近所のラーメン屋は,味が良いので繁盛ってはいるが薄暗く汚い.透明感があるスープで太麺の塩ラーメンが売りものである.私もそれを誂え,小鳥の籠をスツールの足許に置いて食い始めた.いつもながら美味い.熱心に麺を啜るうちに小鳥の方への注意が疎かになった.ふとドンブリから目を上げると,カウンターと厨房を仕切る腰壁の膳板に,その小鳥が止っているではないか.正面から小鳥と目が合った.しまった.籠の戸が何かの加減で開いてしまったのか.

ハッとする間もなく小鳥は,私の食べているラーメンのドンブリを水浴びの鉢とでも見誤ったか,軽く羽搏くと熱いスープに自ら飛込んでしまったのだ.驚いて引揚げると小鳥はグッタリしている.熱湯に等しいスープに飛込んだから当然である.とにかく羽根毛を乾かさねばと思い,露骨に嫌な顔をする店主と客たちの冷たい視線を浴びながら新聞紙を貰って小鳥を軽くくるむようにしてラーメンを食い終えた.

小鳥の飛込んだラーメンを食ってしまうというのも不潔な話だが,私はあまりそういうことが気にならぬタチである.むしろ食い物を粗末にしてはならぬという感覚の方が強い.食い終えて,さてどうだろうと新聞紙の包みを解くと,何と小鳥はネギに化しているではないか.寸法は小さいが下が白く上が緑の,小鳥と同じ配色のネギである.あまりのことに吃驚していると間の悪いことに,件の外務省職員が鼻歌混じりの表情でラーメン屋に入って来た.顛末を話したのだが奴は全く信用しない.

私が小鳥を誤って逃がしてしまい,出鱈目を話して誤魔化そうとしていると思ったようだ.奴は血相を変えてそのまま身を翻し,店の前で傍若無人な大声で携帯電話を使い出した.小鳥探しを何処かに依頼しているらしい.見付かる筈も無い,ネギになってしまったのだから……と思って勘定を済ませようとカウンターに視線を戻すと、今度はそのネギも失くなっているではないか.

今度は私が蒼白になった.ネギも失くなったのでは手掛かりは全く途絶える.途方に暮れて店内を見回すうち,黝んだ木の梁が剥き出しになった天井付近のどこからか聞き覚えのあるような鳴き声がする.最前から耳にしていた小鳥の声とは少し違うようだが…と目を凝らすと,居た.居たが鳴き声も違うが色も違う.羽根は緑で目も同じだが,腹の羽毛が茶色くなっている.店内が暗いこともあり天井の色と保護色になって見えにくかったのだ.どうして色が変わったのか解らぬ.しかし今度は鳥が鳥に化けたのだから,ネギに化けるよりは遥かにマシである.

我ながら不器用に鳴き声を真似して幾度か誘ううちに,警戒感が緩んだのか,小鳥が私の掌に向けて飛んだ.と思った瞬間,天井から私の掌に落ちて来たのは,大き目のカップラーメンだったのである.見るとフタには,今見たばかりの羽根が緑で腹の茶色い小鳥の絵が粗悪なカラー印刷で描かれ,念の入ったことに背景はネギである.何やら鴨がネギを背負った絵に似ていないこともない.裏を見ると,少し凹んだ底に私には読めないハングル文字で何か書かれている.辛うじて「釜山」という漢字だけが読めた.

店から出ると下宿人の男は既に居ない.私は片手に空の籠,もう片手にそのカップラーメンを持って自宅に戻った.理由は全く解らぬが,このカップラーメンが件の小鳥であることに疑いはない.しかしどうすれば小鳥に戻るのか,思案するうちに夕刻になり,下宿人が帰って来た.私を恨めし気にひと睨みすると,口も利かずに階上に登って行った.

私はさらに考える.このカップラーメンが例の小鳥である限り,カップラーメンに対して私が出来ることと言えば,お湯を注ぐことぐらいである.しかし,そうしていいものだろうか.もしそれで何も起きなかったとしたら,元に戻す方法はない.どうするにしてもこれは預け主である下宿人にひとこと断ってからにすべきだろう.私はポットとカップラーメンを持って階上に上がった.箸を忘れたが,この際それはどうでもよい.

男は自室でフテ寝していた.私は今までの経緯を始めから語り直したが,奴は初手から信じる気もないようであった.差し出したカップラーメンも,ウサン臭そうな手付きでぐるりと見回すと私に投げるように返して寄越した.私が拵えた偽物だと思っているのだろう.無理もない.デザイナーの私なら,夕刻までの間にそれらしいデザインのカップ麺のダミーを拵えるのは造作もないのだ.ましてこの粗悪な印刷は,いかにも拵えものじみている.

ともあれ,私が出来ることで残っているのはひとつである.私はカップラーメンのフタを開け,中に入っていた小袋の具,--乾燥ネギだけのようだったが-- を開けて,こちらに背中を見せて寝転がっている男にお湯を注ぐことを告げると,ポットを傾けた.

3分が経った.結果は ……これを読んでいる方々のお察しの通り,フタがもこもこと動き,開けてみれば,ホンワリと立ち上った湯気と,出て来たのは元気な,そしてまた少し大きくなった小鳥だったのである.

ともあれ,下宿人の省内の面目も立ち,また私も嘘吐きの誹りを免れた.ただ少し面倒なのは,この短期間にどうして幼鳥が成鳥になったのか,そして,残ったラーメンカップとフタは何なのか,この綺譚顛末を北の将軍様に私自ら説明せねばならぬ仕儀に陥ったのである.北に向けて飛行機が出るのは4月31日との由.ゴールデンウィークが台無しである.

今でも手の甲に小鳥の足の爪の感触が,掌には小鳥の温味が残っている.


posted by 「い」 at 10:24 | Comment(4) | TrackBack(0) | 閑話随筆
[この記事へのコメント]
  1. >「い」様

    夢って...忘れます。大抵は「いや〜なかんじ」だけ残ってます。

    まぁでもアタマの調子が最低だった頃には「つじつまの合った普通の一日」を何日分か見てしまい、現実とズレていってしまって困った&キモチワルがられましたからこれでいいのかな、なんて思う昨今で御座います。

    読み進めるうち、一瞬「東京日記」「サラサーテの盤」を思い出しましたが、あちらはもそっと「いやぁな感じ」でございますね。
    Posted by 1sugi at 2009年04月23日 20:54
  2. 私は割合に夢をよく覚えている方なのですが,ナニブンにも夢ですから,総じて場面転換が唐突だったり,視点の置き方がバラバラだったりと,なかなか辻褄の合った文章にはならぬものでありますね.

    この夢は,珍しく話に起承転結があり,また,「私」も殆どワタシの等身大でしたので,大方そのままで意味が通るため書き残す気になったのでした.煩雑につき割愛した情景描写もあるのですが,それもみな「私」視点でしたな.
    Posted by 「い」 at 2009年04月23日 23:41
  3. 「い」さん、こんにちは。

    夢のコンテンツはともかく、明晰夢をよくみます。夢の中で「これは夢である」と意識している夢です。

    それで「どうせ夢なんだから、もっと大胆に振る舞えば良いのに」と思いつつ、そのようなことにもならずにフラストレーションだけが溜まるという目覚めをします。

    抑制が効き過ぎている自分を夢で見るというのも、なんだかつまらんもんですね。

    Posted by akira isida at 2009年05月03日 13:12
  4. モノの本に拠ると,明晰夢というのは訓練次第で意思的にコントロール出来るようにもなるらしいですな.半睡半醒の状態で見るものだからだそうな.

    この夢の話はひとつのストーリとして起承転結がありますが,よく考えてみるとこれも,夢を見ながら首尾一貫した話になるようにコントロールしているのかも知れませぬなぁ.

    勤めていた頃は疲れがちで眠りが深かった所為か,逆に全然コントロールの利かないリアルな夢をよく見ました.朝起きて会社に行って図面を描いて深夜に帰る,というような夢です.

    これを見ると実に損であります.現実に目覚めて会社に行くと,描いた筈の図面が出来ておらぬ(笑),あまつさえ主観的には余計な日数出勤しておるわけで草臥れる.夢中出勤手当出してくれ! ……と言いたくなったものであります.
    Posted by 「い」 at 2009年05月05日 22:02
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