2006年03月26日

セイコー・スピードマスター

私事で恐縮ですが,「い」は物欲というものがポッコリ欠落しております.昔はモノ欲しがりだったような気もするのですが,いつからこうなったのか覚えがありませぬ.
そりゃワタシとて美しいものと共に在りたく,デザインが良いと思った製品を買い集めることはございますが,主目的は先人の優れた作例に学ぶ,ぶっちゃけ盗むことが目的して,盗んだ後はせいぜい参考資料程度にしか見られぬあたりが仕事とは云え因果なものであります.

これは職業の性格上当り前のことでして,例えば「モノにこだわるデザイナー」なんてのが居て,コダワリグッズを蒐めまくり,モノマガジンみたいな雑誌の記事にある様なノーガキをみんな知ってたりしたら矢張り不都合である.

則ちデザインのお仕事ってのは,商品物神を崇拝しない,記号性を排して,在るものをありのままに見る即物的な目が必須.「ブランドイメージ」とか「伝説」「神話」の構築はマーケターの仕事でして,デザイナーは当然それを理解せねばならぬが,過剰なフェティッシュは制作の脚を引っ張る事にしかならぬわけ.
同じ「こだわる」でもデザイナーの場合は,マテリアルの質感に拘る.とかプロポーションの崩れが我慢出来ない.とか,作動メカニズムの洗練に拘るとか,そういう感覚は別でございますね.これは音楽家に於ける音感の様なものでございますれば.

長い前振りはこの辺で,今日は畏れ多くもGiorgetto Giugiaro 大先生の名作として名高い,SEIKO Giugiaro を敢て俎上に登せて酷評する試み.幸い,今も先もずっと SEIKO から仕事を貰う見込はございませぬので,幾ら酷評しても安心である.
さて1980年代にセイコーの依嘱に応じてジウジアーロ先生がやったスピードマスターのうち,ワタシは3つを持っておりました.我ながら御苦労さんな事に全部自腹で買ったのでございます.

しかし,買って持って使ったワタシに言わせて頂けるなら,あれは何れもさほど大したもんではない.傑作とは言い難い.どう大した事無いか.それはつまりマチエールがヘボいのであります.
プロポーションは素晴らしい.完璧と言って差し支えない.でもそれは Giugiaro なら当り前.そのくらいは設って貰わないとギャラに見合わぬ.しかし残念ながら材質「感」の扱いが全く高級スポーツクロノグラフらしからぬのですな.

【カタログより無断転載】
SSAY058.jpg具体的に申しましょう.例えば右側にボタン操作系を垂直対称配置したSSAY058ですが,このボタンのプラスチックがいかにも安々しい.黄色にしたかったのは解る,しかし此のプラスチックの質感が,そこいらの百円ボールペンのノックボタンの如くでして頂けない.ボディのセミマットブラック仕上もテクスチュアの詰めが甘く平滑過ぎます.あれでは少し引いて見るとオールプラスチックにしか見えませぬ.実際にはステンレスケースに着色メッキか,かなりコストを掛けているようですがねぇ.

ついでに申さば,右側に大きく張り出した特徴的なボックス状のユニット,あれは見た目にはギッシリと精密機械が詰め込まれていそうで居て,実は中はボタンのリンケージだけしか入っていないギミックですが,それは良いとしても,横からは固定ネジが,またボタン裏側はチャチいプッシュロッドが見えてしまっているのも相当に間抜けです.
ちなみにワタシの此奴は,以前に長野へ旅行した時,向こうの友人がピッツァをたくさん御馳走してくれたのでお礼に進呈して来ました.

SSAY048.jpgもう1つのアナログ,文字盤全体がオフセットしたSSAY048の方も同じ様にマチエールの難点を持って居ります.
此方はプラスチックボタンの赤色はマッス配分が小さいこともあって材料の安っぽさは前者より目立ちませんが,回転ベゼルのダイヤル印刷が宜しくない.つまりはアルマイト鍋のフタによくあるペカペカのアルミ赤染めみたいになってしまっておる.その所為でボタンとの質感とも文字盤の赤印刷ともチグハグになって全体の質感を損ねることおびただしい.彫刻文字で立体感を付けろとまでは言わずとも,ほんの少し光沢を落とすだけで随分違うと思うのですが,こういうのはカタログからではお判りにならないかと存じますね.

余談ですが此奴,昨今は中古時計市場ですげぇ高騰してやがるらしく,近年ワタシが金に困って Yahoo! Auctionsで売っ払ったときは新品時定価の倍の10万円ぐらいまでセリ上がり,売ったワタシの方がビックリ致しました.まぁその10万円も借金返済のため一瞬で右から左へ消えましたが.

SSBA022.jpg最後に,近年復刻されて好評との斜め文字表示のデジタル液晶SSBA022に関しては敢えて言うも面倒ですので論評は略.ああいうオモチャ臭いのは9800円ぐらいの製品でやって頂きたいもので,どんなにボディの仕上に凝ろうとも風防の断面形状に凝ろうとも所詮表示部は液晶パネルですからチグハグなばかりであります.

【追記】
ちなみに,こいつの文字盤が斜めになっているのを独創的だと褒める人も間々おられますが,文字盤を傾ける事自体は別段珍しくはありませんで,WW2時代の航空用ミリタリーウォッチ等には時折見受けられるレイアウトでございますね.新味と言えば液晶デジタルでやったという事かと.
【/追記】

さてもこのマチエールの詰めの甘さというのは,Giugiaro 先生がカーデザイン以外のプロダクトをやったときの癖みたいなものでして,例えばカメラ分野での Nikon F3 などにも同様な難点が散見されて遺憾千万.(と申しますかそれ以前にF3ってのは随分とアレな操作系で,チト褒める人の真意が解らぬ)

逆に前向きに考えますれば,ジウジアーロがやったカーデザイン以外のプロダクトに関しては,あまり質感を求められない安物の方が寧ろフォルムの美しさが前面に出て宜しぅございまして,例えば同じ Nikon でも L35AF (いわゆるピカイチ初代) などは実にいい.ジウジアーロ作品として芸術点をつければF3より遥かに高得点かと存じます.ワタシゃ Contax T2 なんぞ持たされる位だったら2千円で買ったピカイチの方が余程えぇですな.一回り小さくて28mmだったら完璧なのだが.

SEIKO も,いっそジウジアーロに描かせるならば,5万円なぞという中途半端に高価いクロノグラフではなく,うんと廉いプラスティックボディのデジアナなどの方が良かったかも知れませぬ.現に作品集を見ると初期デザインスタディのレンダリングはデジアナで描かれているものもございます.尤も当時のSEIKO は,それを実現する商品ラインナップを持って居りませんでしたかなぁ.

【まだ新品で買えるジウジアーロ酒器】
これもやはり似たところを失措じっておる.プロポーションは一分の隙もありませぬが,マチエールが,あたかも神棚に上げる御神酒徳利みたいになっておりますね.フォルムを強調するためにミニマルでプレーンな白無地にしたかったのは解るのですが…艶の出し方の詰めが甘い.ほんの少しだけマットにすれば…実に惜しい.

【関連エントリ】
時よ,止まれ.お前は美しい

posted by 「い」 at 12:39 | Comment(1) | TrackBack(1) | デザイン
[この記事へのコメント]
  1. このスピードマスター(ネーミングこれであってましたっけ)の存在意義はただひたすら、エイリアン2の為だけにあったといっても過言ではないと。このチープなギミックの画面での存在感といったらあーた、トップガンでのポルシェミリタリークロノのそれをはるかに上まわりますから。そういやイギリス海軍の男が上陸の時はロレックスだったけど、仕事中はセイコーのダイバーだったなぁ、所詮こんなもんよ。
    Posted by アナベル・加トー少佐 at 2009年09月30日 22:43
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