と申して特に目的があるではなく,強いて言えば犬山で鮎でも食うか.という程度でございます.この犬山と云う街は,総じて風景が雑駁な濃尾平野には珍しく,戦災を免れた落ち着いた古い町並が残っており,幼少の頃から幾度か訪れて気に入っておるところでして,古いアルバムを開いてみると木曽川下りの船に麦藁帽子かぶった子供のワタシが馬鹿面して乗ってたり,鵜飼の鮎漁を口開けて眺めている色褪せた写真が貼ってあったり致します.

それまでウッカリ失念しておりましたが各務ケ原には航空宇宙博物館というものがありまして,かつて深大寺の航空宇宙技術研究所(現JAXA) で試作されておったSTOL実験機「飛鳥」の実機が展示されております.
この「飛鳥」,かつて「い」の知人が開発の一端に携わっておったということもありまして,個人的に親近感もありますし,これも何かの縁,是非実機を見てみたくなりました.と申しますのは,以前にこの知人が示唆してくれた境界層制御デバイスであるヴォルテックス・ジェネレータの実際の取付状態を確かめたく思ったのですな.
実は幾年か前,ワタシもそれに触発されて自分のオンボロ車で此のヴォルテックス・ジェネレータまがいの物を試みたことがあるのでございますよ.
む? 「そんなハイテクな航空空力技術が貴様如きの低速低性能の自動車に応用出来るわけがない」と仰せになるか.
お言葉であるがそれは貴殿の大いなる認識不足でございます.
何となれば,この「飛鳥」は他の航空機とは想定速度が大きく違い,STOLモードでの着陸速度はタッタの130km/h,しかも接地してから400mちょっとの滑走で停止してしまうという,つまりは自動車のゼロヨン加速を逆回ししているような状況なれば速度域は自動車と同様である.
よって置かれておる空力的環境は機体|車体規模を除けば自動車と変わらないのでありまして,乱暴な言い方を敢てすれば「飛鳥」で有効なものは自動車でも有効でないわけがない.ということになりまする.
ともあれここにレイノルズ式なんぞ書いて説明しても誰も読みますまいしワタシも空理空論は嫌いでございますれば手っ取り早く実物写真をご覧頂きましょう.

これがヴォルテックス・ジェネレータ(以下VGと略す) の最初に作ったテストピースでございます.ダイソーの磁石シートを切り抜いて作ったお手軽工作ですが,空力的効果を見定めるには必要充分.テスト車は,これをボンネットに2枚貼付けました.では,これで車体表面の層流剥離状況がどう変わるかを簡単にご覧頂きますと,

まずはVG無しの状態.霧吹きで前窓ガラスを濡らし,50km/h巡航で1kmほど走った状態ですな.水滴は殆ど流れて行っておりませぬ.ということは空気の流れは前窓ガラスに達する前にエネルギを失い,殆どボンネットから剥離して乱流となっておる.ということを意味致します.

さて今度はVG付きで同一条件.前窓ガラス中心軸から放射状に水滴が飛散しております.

室内側からの写真では水滴の飛散が大き過ぎて分かり難いので外からの写真.
これはつまりボンネット部分の剥離が抑制され前窓ガラス表面まで層流域が及んでいる状態を示しております.
実用的見地から言えば雨天時の視界の確保に役立ちますな.
この実験ではボンネット部分の層流剥離の抑制状況をご覧頂いておりますが,自動車への最も有望な応用としては,3BOXカーのルーフ後端からトランクフード上部の層流剥離抑制あたりが空力的に効き目抜群なところと目されます.具体的にはルーフエンドにVGを設ける事で従来乱流域にあったリアスポイラーの効きが大きくなり車体後半部の揚力が大きく改善される筈.
詳しくはワタシがこの庭先実験をやった2年程後に,三菱自工から詳しい論文(pdf) が出ておりますので興味ある方はご参照頂きたい.
まぁワタシがこの簡易実験をやってた時には,ヴォルテックス・ジェネレータなど航空分野では1950年代から既知の技術だったにもかかわらず自動車分野では応用例が無かったせいか,色々なところから揶揄中傷非難罵倒を浴びたものですが,いざこうして大メーカーから論文も出,去年には実際に製品としても発売されてみると,今まで人をマッドサイエンティスト呼ばわりしていた連中は皆知らん顔なのでして,常に無責任なものは世の声とは申せヤレヤレですな.
…などと溜息をつきながら今は博物館入りしてしまった「飛鳥」を眺めておった「い」でございます.
思えばこの「飛鳥」も不憫な機体で,大規模開発を伴わない小さな飛行場で離発着でき,かつ低騒音で環境にも優しい飛行機を目指していたのですが,造っていた当時はバブルのハシリでありまして,どいつもこいつもそんな事はケチ臭いとばかりにデカい飛行場を造って土建屋や不動産屋や地主や空港建設反対運動家を儲けさせ,デカくて高価い飛行機を売り買いして口利き屋の政治家などの懐を潤わせることにしか人の目は向いておりませなんだ.
不景気の今になってまたぞろ,環境インパクトの少ない飛行機が欲しいなどと云う声も出て来たようですが,今更そんな無い物ねだりをしても「飛鳥」の開発断念以降その分野の実機試験が10年以上放置された現在となっては全くの手遅れでございます.実用量産を前提としない実験機とは云え僅か170時間に満たぬ飛行実験でオクラ入りとは,さぞ無念だったろう「飛鳥」よ.
は.その「飛鳥」の開発に携わっていた知人はどうなったか.ですか.
「飛鳥」の開発中止と共に退職し,航空の世界から遠離ったまでは存じ居りますが,往時茫々の憂き世にてその後の消息は知りませぬ.
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>>トトロ
回転するコマの上に乗って飛ぶという妙なコトをしますので、奴等なりに渦流には気をつかっておるのかもしれませぬですね(w