2006年10月01日

ひもの

「い」の住む伊豆の辺りというのは観光地ですので,地元の主力製造業と言えばお土産産業であります.その中の様々な土産物で,最も殷賑を極めるのは差詰めヒモノ屋ではないでしょうか.
例えば東名沼津インターチェンジの辺りには巨大な土産物屋があり,そこでは大きな観光バスが停まって沢山の干物を扱っておりますし,また,もっと素朴なところですと,網代には干物銀座(或いはヒモノストリート,ひもの街道)と言われるように干物屋が櫛比しておって中々繁華でありますね.

遠くから此の地を訪れて下さる観光客の方のイメージとしては「伊豆+新鮮な魚介類=お土産には干物」という図式が浮かぶのでしょうが,ちょっと考えてみれば当然の事ながら,伊豆の漁港などは何れも小さなものにて,質量ともにその膨大なオミヤゲ需要に見合うだけの近海物の水揚げはございませぬ.よってぶっちゃけた話,あのあたりで売られている干物などは対馬海峡やら紀州沖やら,そのほか日本各地からアジなどの魚類を冷蔵して持って来て,こちらの工場で加工し,大方は乾燥機に掛けて乾かしたものが「伊豆名産の干物」の実態でございます.いやはや夢を壊すようで申し訳ないが.

尤も,あながち機械乾燥が悪いというわけではございませぬ.設備も進歩しておりますし旨いものも数多ある.一方天日干しと云えば大昔から相手はお日様と風任せ,まして今は大気汚染も進んでおりますれば,どうしても品質にムラが多くなりがちですので数ある中には出来の悪い天日干しの干物なんぞも間々ある,と言うか割と多いのでして,まぁ「機械乾燥の干物なんざぁ食えねぇよ」みたいな利いた風な口を利きたがる人ってのは何処にでも居りますが,食い物ってのは能書きで食うものではありませんから然う云う奴の言う事を信用しては不可ない.

ともあれ伊豆の練達の老舗干物屋が美味いというのは事実でして,それは乾燥機を使おうが天日乾燥だろうが対馬海峡のアジだろうが地物のウマヅラハギだろうが流儀は様々でも,一定の美味いレベルに持って行ける技術ノウハウが優れておるからではないかとワタシは思っております.

これは首都圏のスーパーで売ってる廉い干物と,こっちのスーパーの廉い干物とを較べれば瞭然であります.嘘だと思ったら土産物屋なぞ行かずに地元のスーパーナガヤとかショッピングプラザDUO あたりに寄って,地元民向けに普通に売ってる干物を買ってみると宜しい.スーパーの商品は「対馬産アジ 伊東加工品」などと出自をあからさまに書いてありますれば差がヨク解る筈でございます.
個人的には,お土産買うならこういう地元資本系スーパーの方が質の割にトクと存じますね.駐車場も大きいし.

と,興醒めなB級C級なことばかり書いていても他郷の皆様に気の毒ですから,少し浪漫的なA級のお話も致しましょうか.

ここに登場致すは他ならぬ我が身内,叔父の一人でございます.
この叔父と言う人は,土地の名門海運業(笑)の跡取りに生まれながら,若い頃から性格の中に頑固な芸術家的気質があり,それが因となって青年時代に勘当されて以来半世紀,実家には一切足を踏み入れる事無く,あらゆる庇護も同情も拒絶したまま最下層の漁師に甘んじて老年に至ったという筋金入りの臍曲りなのですが,何で我が親戚の男共はみんなそんな変な奴ばっかりなのかウンザリ致しますけれどもそれはともかく,この叔父の作る干物は掛値無しに至宝.

どのくらい至宝かと申しますと例えばこれに張り合うはウチの祖母,この道実に70有余年,祖母の作る干物は採算が立たないくらいに贅沢にして入念な作り方の大名干物なのでございますが,その祖母にして此の息子には敵わないと言わしめるぐらいのレベルでして,叔父の作る干物は干し加減といい塩加減といい色艶といい日持ちといい,むろん風味の方も至上の芸術品である.
これは満更身贔屓ではなく,地元の水産加工会社が特別に八釜しい客の注文を請けますと,わざわざ叔父を呼び出して数量限定で作らせていた.という水準のものでありますね.

そも我が家に限らず伊豆の家の人というのは干物やらカンテンやらを自作するのは当り前なことでして,作れなくても馬鹿にはされぬが出来て普通であります.ワタシが住む低所得者向け市営団地でも,フト気付くと駐輪場などの空きスペースにサカナやテングサが干してあるのは日常風景.
「手前味噌」と言う慣用句がありますが,このあたりでは手前干物でしてな.そういう切磋琢磨の激しい環境の中で,しかもプロの中でもピカイチなのですからこれは相当なものと申さねばなりますまい.

今はその叔父も定年退職致しまして干物は専ら自家消費用に作るだけになっておりますが,稀に我が家にもお裾分けが到来致します.むろん珍重される事ヒトカタでないのですが,少し困ったことに叔父の最も得意とするアイテムはフグの干物でして,時として此れがドッサリと届くことがある.

丁寧に包まれた箱を開けばそこには練絹の如き滑らかな光沢も美しい選りすぐりのフグが整然と並び,また食えば大変に美味なのでございますが,はて元となるフグが如何なる種類のフグであるか未だ正体が解らぬ.本人に尋き糺しても「大丈夫」というブッキラボーな答えしか帰って参りませんのでそれを信ずる他は無く,また芸術を享受するには多少の心の鍛錬が必要なことはワタシとて心得ておる.

……とは申せ何となく落ち着かない気持ちを拭えないままにフグの干物を食い続けておる我が家なのでございます.まぁ食べ過ぎなきゃ大丈夫でありましょう.多分.

【関連エントリ】喫茶養生記リターンズ

posted by 「い」 at 19:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 呑み喰い
[この記事へのコメント]
  1. 下世話な話ですが吉牛380円でドキドキする時代ですので、それ思えば…。
    異常プリオンも食べ過ぎなければ大丈夫ってわけでもなさそうですし。
    金銭の値にかかわらず、本物に直に接しているというのは生活として豊かさかと。
    Posted by "ね" at 2006年10月02日 22:44
  2. >金銭の値にかかわらず

    いやぁ全く金銭どころではございませんで,ウチの実家は漁協の株を少しだけ持っておりますれば,アジなどが採れ過ぎますと出荷調整のため無料支給がございまして,最近の祖母などは専らそのタダのアジで干物を作っております.
    すなわち,町内放送で「アジの支給を致しますので該当の方はお集りください」というアナウンスがあると,70cmほどもある大オケを引き摺って港まで貰いに行くのですな.

    数年前のある日,やはりそのアナウンスがあって出掛けた祖母が一向に戻らぬ.どうしたのかと思っておりますと,近所の人が血相変えて「そこの四つ角でアンタんちの婆さんが死んでるぞ」と駆け込んで参りました.

    慌てて行ってみると確かに死んでるような感じでございます.
    ペタリと俯せに倒れておりピクリともせぬ.傍らにはアジで満杯になったオケがそのままになっております.
    どうやら港からこの四つ辻まで引き摺って来たところで力尽きたようでございますね.

    は?それでどうなったかって?
    なぁにそれしきのことで死ぬもんですか.すぐに息を吹き返して翌日には干物を干しておりましたさ.
    Posted by 「い」 at 2006年10月03日 15:32
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