既にTVで流れてるらしいのですが,ビールの「キリン」が「静岡おでん」をフィーチャーしたCMを作って流しちゃってるのだそうで電通ぅ…それとも博報堂ぉ…どっちかわかりませんが.
いや,後で触れますが静岡おでんそのものは決して悪いものではない.
真の問題は「黒ハンペン」でございます.これがイケナイ.地雷であります.
いつか書いたような気が致しますが,「い」は1980年代初頭から15年余り静岡市で働いておりました.勤務先は「青葉通り」という市内のメインストリートに面した会社でして,他でもない,まさにそこが「静岡おでん」の発祥の地なのだそうでございます.
すなわち静岡オデンの発祥というのは,この通りに出ていた屋台で供されていたオデンが起源でして,都市美観の観点から屋台が禁止された後,退去して通りの裏路地に集まりまして路地全棟がオデン屋.という壮観を呈するに至った由,つまりワタシの勤めていた会社の真ん前で生まれて真後ろに移ったわけでございますね.その距離,会社を挟んで僅か10m.
ところで静岡に赴任して来たワタシが最初にやったことと申しますと,仕出し弁当屋の全面的見直しでございます.それまで会社に納入していた弁当屋は,味も甚だ感心しない上にオカズの量も鮮度も好ましくなかった.これは専ら前任者の情実と価格によって納入業者を決めたものと思しく,やはりこういう組織疲労はワタシの最も嫌うところでございますれば,複数のお弁当屋さんにサンプルを納入してもらい,あくまでもフェアに一堂に食べ較べて決め直そうとしたわけでございます.
は? そんなアホなことやってないでちゃんとデザインの仕事をせよ.と?
何を申されるか.食は美学の基本でございますぞ.日常に不味く醜いものを食っておって良いものが描けますでしょうか.断じて否であります.「月一回の美食より毎日の佳食」これが美的素養を養う上での鉄則であります.かと云って日毎の美食というのも過ぎたるは及ばざるが如しにて様々な成人病を招き芳しくありませぬゆえ互いに気をつけましょうや御同輩.
ともあれそうやって仕出弁当屋さん各位に持ち寄って頂いたサンプルのお弁当の中で,何故か不思議に共通して入っていたのがこの黒ハンペン.
あるものは煮物,またあるものは天麩羅,またあるものは焼いたもの.と調理法は様々ながら,どれも「黒はんぺん」には違いありませぬ.
私事ながら,ワタシの育った伊豆地方や遊学した東京は当然ながら関東文化圏でありますれば「はんぺん」と申さば紀文などの四角くて白いハンペンでございますね.
然るにここ静岡では,この灰色の半月形のブツが「ハンペン」なのだと言う.どういう巡り合わせでそうなったのかは存じませぬが食わず嫌いは宜しくない.いざ食わん.
一口食ってげぼ.と吐き出しそうになり申した.
口にした瞬間に口中に生臭い匂いが広がり,咀嚼すれば小骨の砕け損ないと思しき砂の混ざったような舌触り,しかもコシが弱く粘りが無くボロボロとした食感でございます.
こんなもの美味いと思って食う奴は舌が馬鹿である.と反射的にワタシはそう思ったのでして,それがすなわち,静岡名物「黒はんぺん」との不幸な出会いだったわけでございます.
そも静岡市民という人々は,すぐ近くに幾つもの名だたる漁港がありながら,日頃食っている魚の水準が低い.しかも皆そのことに気付いておらぬらしいところが致命的であります.これでもワタシも静岡市在住15年余,地元で超一流と言われるような料亭にも赴き,接待やら被接待やら自腹やらタカリやらで散財したものでありますが,ハッキリ言って伊豆育ちのワタシを心から感心せしめるようなサカナを出すところは一軒もございませんでした.トップエンドでその程度,まして普及食である練物においておや.
そもそもネリモノで生臭い.ということが初動で失敗しておる証拠.元来魚というのは何れも少しも生臭いものではありませんで,むしろ新鮮な捕りたてのイワシやアジなどは森の匂いというか水の匂いというか,爽やかな薫りがするものでございます.つまり,「原料が魚なのだから多少なりとも魚臭いのは当り前だ」なんてのは,鮮度に劣った魚しか食ってない不幸せな人の迷妄である.とワタシは断言して憚りませぬ.
いや貴様はちゃんとしたホンモノの黒ハンペンを食ってないからそういうことを言うのだ.という反論もございましょうがそれも承服しかねる.何となればいわゆる「元祖・黒ハンペン」を標榜する店も会社のすぐ近くにあり,流石のワタシとて静岡市民がこぞって自慢するところの名物である黒ハンペンがこうも不味いものである筈が無いと思い,早速その「元祖」の店に赴いて求め食ってみたのでございますがやっぱり不味いものは美味くない.焼津の製造元まで出掛けて行って買い求めて食ってもみましたが落胆の度を重ねるのみ.
いや貴様は白ハンペンに慣れている所為であのザラリとした食感に忌避感があるのだろうと言われればそれも見当違い.例えば原料の似たものとして宇和島の「じゃこ天」というものがございます.あれも骨と魚肉を一緒にすり潰して作ったネリモノでありますがワタシは大好物にて宇和島に行けば必ず買って缶ビール呑みながら歩き食いの醜態に及ぶのが常であります.
また九州天草あたりには「イワシカマボコ」という大変に結構なモノもございます.これはイワシの身と骨のすり身ですから原料は黒ハンペンと基本的に同じながら甚だ美味.黒ハンペンがこのような全国級の強豪と同等に伍して勝負出来るか.静岡/焼津市民がどう自慢しようとも所詮は夜郎自大,出来るわけがございません.二階級格下ぐらいが妥当なところでありましょう.
とまぁケチョンケチョンに黒ハンペンを貶しましたが,それを除けば静岡オデンは大変に結構なものでございます.
邱 永漢の不朽の名著「食は広州に在り」に非常にスルドイ指摘がございますので引用しましょう.
「私の考えでは,(一般的な)おでんのまずさは材料のせいではなくて,それを煮るスープの中にある.つまりこれだけの材料を煮込んで,それぞれの味を生かすためには,昆布や鰹節程度のだしでは不充分で,どうしても鶏のガラか,もしくは豚の骨を使わなければだめだ」一方,静岡おでんの黒いスープにはスジやモツのダシがフンダンに溶け出しておって,クドそうな外観とは裏腹にサラリとした味の中にも明瞭な味の輪郭があり,おでんつゆとして理想に近い.
当時のワタシも会社から10mという地の利を得たこともありまして,極めて頻繁に「食事」と称して残業中に会社を抜け出しては件の路地を訪い,オデンと二級酒の鯨飲馬食にいそしんだのも良き思い出.
しかし静岡と申せば今川・徳川400年余の歴史があり,都市としては金沢なんぞよりよほど伝統のある街ながら,名物料理と言えばこの程度のC級グルメかトロロメシとアベカワモチぐらいしか見当たらぬような甚だ貧弱な食文化しか持ち合わせておらぬ事実が何よりも市民の夜郎自大癖を雄弁に物語っており,他国から食に八釜しい友人が訪れた時などはマジで案内する食事処に困ったものでありますね.
ともあれ秋も深まり,日々風に冷たさの増して来る今日このごろでございますれば,諸賢も機会あれば是非とも静岡オデンをお試しいただきたいと思うものであります.取って付けたような奨め方で恐縮ですが.
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昔はあぁいう物を食ってると親に叱られたものだが






私は結構好きです。
炒めてしょうゆで食べたり、衣を付けてフライにしたり、つみれ汁作ったり。
お手軽つみれ汁を作るのに便利なんですよ。
2人分のつみれ汁を作るのに、鰯をすり下ろすのも面倒なんで、鰯つみれの代用品として黒はんぺんを一口大に切って入れるです。
本物の鰯つみれに比べるといささか物足りない気もしますが、スーパーで鰯つみれ用として売ってる鰯風味の練り物よりは美味しいですよ。
まぁオデンの場合,アレはおつゆのダシをとるために入っているのだ.と思うことにしております.
静岡ってトコロは魚でも野菜でもなんでも一年中新鮮トレトレが大体の場所で手に入るんだから...トレトレは醤油か塩付けて生か焼くかで充分美味しいから、わざわざ加工保存する必要もないから練り物漬け物が美味しくないのかねぇ...山越えて野菜と交換するっても干物で充分なんだしねぇ...とは我が老母の弁であります(^^;。
で。おでんといえば...こんにゃく煮て棒に刺した奴を新聞紙にのっけ、其処に出汁粉かけて赤みそダレでってのが「駄菓子屋かいぐいおでん」でした...はい、少なくとも「殻付き落花生を塩ゆで」にして喰らう富士市方面では(((^^;。
そう云えば味噌おでんに触れるのを忘れておりました.コレは伊豆でも駄菓子屋オデンの定番でしたな.尤も当方では静岡中部にあるような三州味噌ベースでなく,関東と同じ合せ味噌でしたが.
茹で落花生というのは不思議な食い方でして,なぜか全国にポツリポツリと孤立してあるようです.ワタシは九州宮崎と千葉松戸で食べたことがございますね.友人によると静岡県では興津川以東,富士川水系までで,沼津まで行くともう無い.との事でしたが今はどうなのか.ぐぐってみるとインドネシアや台湾,中国も茹でて食うらしいですが,はてこれが落花生の伝播経路と関係があるのかどうか.