2006年10月20日

喫茶養生記リターンズ

以前,当地伊豆のお土産はやっぱりヒモノが人気だというお話を致しましたが,それには及ばぬまでも昔から根強い人気があるのが「お茶」であります.尤もこれも干物と同じで,お土産の需要を賄うほどの大規模な茶畑なぞ今や伊豆にはございませず,静岡県中部や三島あたりの茶葉を持って来て市内で製茶しておりますが,それでも街を歩くとそこかしこからお茶の良い薫りが漂って参ります.

「い」の子供の頃までは近所の里山のアチコチに茶畑がありまして,茶摘みの季節になると母も呼ばれて茶摘みを手伝い,摘んだ茶葉はまとめて製茶工場に出しまして,加工されたお茶は報酬として貰ってこられる.という素朴なシステムがあったものなのですが,今はそういう悠長な風習は疾っくに廃れておりまして地場産のお茶は自家消費用に細々と作られておるだけかと存じますね.

上級一番茶 ぐり茶 1050円さてこのあたりのお茶で特徴的なのは,←「ぐり茶」と言いまして煎茶の一種であります.ここ伊東では,ぐり茶と申しますと杉山製茶と市川製茶という二大銘柄がありまして,写真は杉山製茶の製品.ちなみにウチは市川製茶が贔屓でございます.どちらかというと同じ値段なら市川製茶の方が美味いような気が致しますが大差があるわけではない.市川製茶は以前のエントリ「喫茶養生記」でも触れた瓶山界隈に店がありまして,拙宅に近いという理由が贔屓の所以でございます.

関西地方などで「ぐり茶」と申してもあまり通じないところをみると,このあたりのローカル茶かとも思いますが,所詮は伊豆の田舎茶,値段から察してもさほど大層なものとも思えず,よし名前は違ったとしても似たようなものは全国各地にあるのではないかとワタシは思っております.お茶などは上のランクを見るとキリが無く100g10K円もするものも珍しくはございませんので,「ぐり茶」なぞは差詰めB級の上.というところでしょうか.

ところがそのB級のお茶が,かつて思わぬところで一躍脚光を浴びたことがございました.
時は1998年,ウチにも程近い川奈ホテルにて,時の首相=故・橋本龍太郎氏と,露西亜大統領=ボリス・エリツィン氏の会談が行われた時のことでございます.

このときの北方領土交渉の内容は今もって多くの外交機密に包まれておりますが,その会談の折に,エリツィン氏が,ふと出された地元のお茶を大変にお気に召したらしいのですな.
エリツィン氏が大変な酒豪であることは夙に世に知られておりますが,主治医のアドヴァイスで,健康のためにはウォトカのガブ飲みよりはお茶が宜しいと奨められ,爾来すっかりお茶に凝っているとの由.

ロシアでお茶と申しますと,普通はサモワールで煎じた紅茶にタップリとジャムを入れる,あのロシアンティでしょうから,大酒呑み転じて大茶飲みになっても果たしてどれほど健康に寄与するのか甚だ疑わしいものでございますが,聞けば露西亜の冬はあまり野菜や果物が無いのか元々食わぬ所為か,ジャム程度でも貴重なビタミン補給になるそうで,そこいくと日本の緑茶は,いくらこのあたりのB級のお茶でも格段に鮮度が違いましょう.いわば濃厚なビタミンやポリフェノール溶液みたいなもので,ロシア人からすれば,ものすごく栄養ある上に美味いのかも知れませんな.まぁ個人的にはロシアンティもけっこう好きですがねワタシは.

しかし考えてみれば旧ソ連時代には中国などから緑茶が輸出されていた筈ですから,ノーメンクラトゥーラであるエリツィン家が取り立てて緑茶を珍しがるとも思えないのですが,もしや当時はソ連崩壊に伴う経済混乱で高級な中国緑茶の供給が心細くなっていたのでしょうか.とにかくエリツィン氏は会談の休憩時間になるや夫婦してホテルの売店に出現,並べてあったお土産のお茶をがばーっと手当り次第片っ端から買い占め,さらに追加でバックオーダーまで入れて帰国されたのだそうで,どうもロシアの人というのは万事に強引過ぎて立居振舞に優雅さが足らず,そのあたり世渡りの面で損をしているように思えますな.

これには後日談があって,去んぬる2000年,モスクヴァのエリツィン氏の隠居所に中共の李鵬委員長が表敬訪問された時には,プレゼントは緑茶だったとのことでございます.
さすがに2000年にもなればもう緑茶の供給不足ってのは考え難いのですが,お茶の本家筋である中国としては「世界一の緑茶は中国に在り.中国茶四千年の伝統が日本の辺境伊豆あたりのB級茶にメンツを潰されたままではおられるものか」という国家的威信が掛っていたのかも知れませぬな.エリツィン氏のようなお爺ちゃんにはハニートラップよりお茶が良いという判断は,流石に敏腕揃いで聞こえた中国共産党外交部であります.

さてもあの歴史的会談の際,それほどまでにエリツィン氏を魅了したお茶とは何だったのか.
つい先日,川奈ホテルの近くを通りましたので売店を覗き,ひとつ求めて参りました.どうせこういう老舗ホテルというのは10年やそこらでお茶の納入元をコロコロ替えるわけはありませぬからワタシが買ったものをエリツィン氏も飲んだ可能性は相当に高い筈.

ぐり茶袋←これが現在の川奈ホテルで売られておる「ぐり茶」の現物であります.

80gで千円ですから廉くはありませぬが突拍子もなく高価いものでもない.いくら貧乏な拙宅とてこの程度の値段のお茶であれば日常的に飲んでおりますね.一杯あたりのコストで言えば廉いRavazzaのエスプレッソよりさらに安上がり.

して,画像をクリックして頂きますと詳細が出ますが.



…市川製茶ではないか.つまり包装が違うだけでウチで飲んでるのと同じやつだったのでございます.

ちなみにこの川奈ホテルというのは首脳会談をやったくらいですから国内有数のプレステージと歴史を誇る超高級リゾートホテルでして,戦前から伊藤博文公や皇族の方々,その他貴顕諸侯が頻繁に御利用になっておりますが,普通の時は割に気軽に喫茶室とかロビーなどは立ち寄れますしバンケットなぞもリーズナブルでして.私事ながら前任の総料理長は母の同級生でもあり,我が愚弟や友人の結婚式なぞも此所でやったりしておりましてワタシのような貧乏人が紛れ込んでも小綺麗な格好をして大人しくしておればつまみ出されることはございません.

まぁ何だかんだ尤もらしいことを申しましたが,実はワタシは家で緑茶を飲む時には,うんと濃く出した「ぐり茶」に砂糖-最近はオリゴ糖-をひと垂らしして飲むのが常でありますね.こんなことを書くと一気にワタシの味覚に対しての社会的信用が失われそうな気が致しますし,静岡市あたりの友人はそう言うワタシを宇宙人を見るような目で眺めるのですが,ワールドワイドの視点から見たら,緑茶に砂糖というのは特に珍しいことでもなんでもなく,むしろそっちの方がマジョリティではありますまいか.

と,申しますか,ストレートで飲んでも自ずから甘味のある緑茶というのは,かなり高級なお茶ということでして,そこまで高価いお茶を飲めぬ貧乏人のワタシとしては,足らぬ甘味を少しばかりオリゴ糖で補って何が悪いのか.と開き直りたいような気もするのでございます.流石にお茶漬けに砂糖ってのは厭ですが,ボタモチの茶漬けを好んだのは森鴎外でしたかなぁ.よく胸焼けがしないもんだ.や,エリツィン氏が砂糖を入れてたかどうかは聞き漏らしてしまった.

そう云えば以前に日本に初めて来たイタリア人が,泊まったホテルで緑茶を飲もうとしたが砂糖がなく,「ズッケロ」(砂糖)というイタリア語が通じなくて参ったという愚痴を聞かされたことがありました.彼は頻りにお茶に砂糖を入れるゼスチュァをして見せたらしいのですが,緑茶に砂糖を入れる習慣の無い日本人メイドは,それを理解しなかったらしい.誠に遺憾なことでございます.もっと日本にも「緑茶に砂糖」を広めようではありませんか諸君.

……はぁ厭ですか.いやそう固いこと言わないでちょっとだけ試してみませぬか.

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ズッケロと申さばイタリアの超有名なアーティスト.しかし何でこんな変な芸名にしたんだろう.それにしてもこのアルバムの顔ぶれ,ちょっと考えられないくらいの物凄い豪華さ.顔が広いにも程があるという感じであります.ワタシは1曲目の,Miles Davis と演ってる“Dune Mosse” が気に入っておりますね.2曲目のSting と演ってるのもよろしい.


【06.10.23 追記】
その後,検索してみましたら,“i タウンページ” に市川製茶の記述がありまして,
>前ロシア大統領 エリツィン大統領もお買い上げ
とありましたのでワタシの推測は正解.市川製茶で間違いない模様.普通なら大々的に宣伝しそうなものですが公式サイトには見当たらず,タウンページの片隅にヒッソリと書いてあるところが謙虚でありますなぁ.

さらに追加情報ですが,最近はこの緑茶と干物という二大お土産アイテムを統合して,「緑茶仕立ての干物」という珍品があるそうでございます.干物を仕込む時に緑茶を使った漬け汁を使うのだそうで,それによって魚の生臭味が抑えられるとのこと.緑茶カテキンの抗酸化作用が効くのでしょうか.
ワタシは未食なれど,食うた人からの伝聞では中々美味だそうですので一応ご報告まで.

【関連エントリ】
ひもの
喫茶養生記

posted by 「い」 at 18:52 | Comment(0) | TrackBack(2) | 呑み喰い
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Excerpt: 京都府和束町にて 山の急斜面に茶畑が広がっていました。 ちょっと見にくいですが、茶畑の手入れをするために斜面の奥を人が上っています。 <地図> ..
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