2006年11月03日

精進ラーメン その1

前回キノコの話を書いた所為で,妙にキノコが食いたくなって仕方が無い「い」でございます.
日本の秋のキノコのメッカと申しますと,主に東北地方と中部山岳地帯でしょうが,ワタシは秋の東北というのは数回しか行った事がありませんで,秋のキノコを経験しているのは専ら長野県,特に木曽あたりでございました.

純米吟醸 「七笑」720ml特に印象に残るのは木曽福島でして,この山間の小さな町は,ワタシが25年来必ず立ち寄る「くるまや」という中々結構な蕎麦屋もございますし,「七笑」という味が佳い上におカミさんもイイ感じの酒も造られております.それもさることながら10月初旬あたりにこの町をソゾロ歩きますと,八百屋さんの店先にあるわあるわキノコ山盛り.しかも安い.
種類も豊富で,ちょっと思い出すだけでもアミタケ,ホンシメジ,ムラサキシメジ,ボウズタケ,他にもワタシが名前を知らない天然物のキノコがどかーと売られております.これらでキノコ汁など作りますとこれがもう得も言われぬ.

今のワタシは木曽への旅費どころか日々の糧費にも窮して辺境の陋屋に逼塞する身なれど,いつか再びお天道様の下を晴れ晴れと歩ける日が来たならば,ぜひ再訪致したいものでありますなぁ.

などと叶いもつかぬ甘い夢に浸りつつ,予告通り「道元禅師トリビュート:精進シイタケラーメン」の研究について発表致しましょう.
メインテーマは「中世日本に存在した(であろう)精進の食材で現代の醤油ラーメンを模す」ことでございます.仮に道元禅師が現代にタイムスリップしてきても美味しく食べて頂けるラーメンを目指します.あ,ちなみにワタシ自身はヴェジタリアンではございませんで,以下はあくまでもお遊びでございますから為念.


さておき精進の汁物を召し上がったことのある方なら合点頂けるかと存じますが,あれとラーメンスープとは可成り懸離れたものでございますね.例えばうどんつゆなら,精進材料だけでリアルうどんつゆに肉薄したものが作れますが,ラーメンスープ,特にタンメンならぬ醤油ラーメンとなると,どうしても肉と脂の旨味-つまり鶏ガラとか背脂やゼラチン質-が加わらないとソレらしい味にはなりませぬ.

そもそも精進料理で旨味を出すために使われる主な食材は,主にコンブのグルタミン酸と,シイタケのグアニル酸でありますが,しかしそれでは到底不十分である.

と申しますのは,ラーメンスープを特徴づける鶏ガラや豚骨の旨味の主要成分はイノシン酸でして,他にもカツオブシやニボシのダシもこのイノシン酸であります.ところがこれを多く含む植物系食材は殆ど存在せぬらしい.現代のバイオ技術を以てすれば純植物材料でイノシン酸を合成する事は容易でありましょうが,それでは「中世日本に存在した(であろう)精進の食材で」という縛りに触れる.さらにラーメンスープのコクを縁取る僅かなトロ味は軟骨起源のゼラチンでして,これも軟骨というくらいですから動物性材料からしか取れぬ.

さてどうすべきか.と悩みながら資料を眺めておりますと,ふと以前にもご紹介しました論文に見落としていた興味深い記述があるのを見出しました.すなわち,
海苔のヌクレオチドはアデニル酸が主体で、グアニル酸はある程度含有され、イノシン酸は低く、従来の報告ではイノシン酸は検出されない例もあります。
 しかし、海苔を温水に浸すとアデニル酸が減少し、それに相当するイノシン酸が増加する現象がみられます。40℃の温水では2分程度、10℃の冷水では12分程度でアデニル酸はほぼ直線的に10〜30までに減少し、それに相当するイノシン酸が増加し、その後は一定になりますが、前述の市販品を40℃温水に4分浸漬後測定した結果は別表のようにイノシン酸が増加しています。これは海苔に含まれるアデニリックデアミナーゼという酵素によってアデニル酸がイノシン酸に変わるためです。
素晴しい大発見ではございませぬか.海苔なら日本でも中国でも古代から食べられていた伝統食材.これをぬるま湯に数分浸けることでアデニル酸がイノシン酸に化けるとは.

早速,追試致しました.ぬるま湯に刻み海苔を入れて数分溶けるのを待ち,塩を一つまみ入れて味見すればおぉこれは紛れも無くイノシン酸の旨味ダシ.狐につままれたような心地ぞ致します.当然ながら海苔の香りはありますがそれは枝葉末節の問題.

改めて考えてみれば,精進料理で蒲焼もどきを作る時など,焼けた魚皮の食感を模すために板海苔を使うのですが,あれも同じ原理に違いない.
折しも今,ウチには香典返しに貰って来たものの薫りに乏しく食うに耐えぬ安物の海苔が食品庫の邪魔になっておりますれば,コレをぬるま湯で戻し,目の細かい茶漉しで濾せばイノシン酸タップリのダシが取れることになる.
この発見のおかげで我が研究は飛躍的に前進したのでございます.幸い,海苔に微量に含まれる寒天質の効果か,トロ味の問題も同時解決してしまいましたので,あとは脂さえ解決すればこっちのもの.

…と前途に光明が見えて来たところで長くなりましたから次回に続く.
次回はラーメンに必須なチャーシュー.これを精進物で模す過程に入って参ります.

湯葉の叉焼もどき
予告映像

【関連エントリ】精進ラーメン その2

posted by 「い」 at 19:06 | Comment(4) | TrackBack(0) | 呑み喰い
[この記事へのコメント]
  1. 記事拝見いたしまして、そういえば、「海苔吸い」なる汁物(?)があるのを思い出しました。レシピは下記URLにもありますが、

    http://cookpad.com/poyo/recipe/26578/

    ウチでよく母が作っていたのはもっと単純に海苔と鰹節と醤油に湯を注ぐだけのものでした。
    こんなレシピでも上手にやるとしっかりとしたダシと海苔の風味が立つんですよね。

    なるほど裏づけもあるものだと妙に感心した次第です。はい。
    Posted by inagaki at 2006年11月04日 12:57
  2. 成程ぅ.ノリスイですか.そういうものもあるのですな.

    ということで早速追試してみました.先述の日本うま味調味料協会の資料を参考に,異種アミノ酸の相乗効果を期待して,海苔ダシのイノシン酸とコンブのグルタミン酸の二種を混合してみます.と申しても刻み海苔とトロロコンブに醤油を注してお湯を注いでみただけですが(笑)

    …うむ.確かにちゃんと旨味が立ち上がって吸い物に化け申した.10秒で出来る本格の吸物.ということで今後も役立ちそうでございます.いや良いことを教わった.
    Posted by 「い」 at 2006年11月04日 18:36
  3. そういえば、我家では岩ノリの味噌汁なんてのを好んで作りますねぇ。妙に旨味があって、お気に入りなのですが、なんとなく理由がわかったような気がします。
    Posted by 大豆大臣 at 2006年11月04日 23:08
  4. 海苔のアデニル酸がイノシン酸になるとはすごい目から鱗です。
    勉強になります!
    素晴らしい情報をシェアしてくださってありがとうございました.
    Posted by naatu at 2013年01月20日 04:23
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