2007年01月26日

ブックマーク -12 または散歩か徘徊か

気付いてみますと,ワタシはここ数日,外に出ておらない.
特に閉門蟄居を仰せつかるような不祥事を引き起こしたわけでもなければ,机から立つ暇もないほど仕事が忙しいというわけでもございませなんだが,時としてこのような巡り合わせはあるものですな.

若い頃には,この季節には半時間ほどでも暇が出来れば伊豆高原あたりにバイクで出向き,葉の落ちた雑木林の小道を散歩することも屡々だったのですが,今はそのようなノドカな雑木林も年々歳々少なくなりまして,どこも小綺麗な別荘地に様子変わりしており,ワタシ如き胡乱な者が歩き廻っておると官憲に通報されかねぬような雰囲気にもなって参りました.

試みに人に訊けばそれは,黒い長いコートなどを纏い,蒼白な顔色をして無人の枯れ木の森を蹌踉として徘徊するゴシックホラーもどきの「い」の人相風体が悪いのであって,昨今は「ウォーキングウェア」というものがあり,そういう然るべき装束をし,腕を振って脚を挙げてワンツーワンツーで歩いておれば誰も不審には思わぬものだ.ということでございます.

多寡が散歩にそのような制服じみたものを拵え,歩き方まで皆それに倣っておるとは,バッキンガム宮殿前の儀仗兵でもあるまいしそれこそ烏滸の沙汰であるとワタシなぞは思うわけですが,まぁこれも次第に世知辛くなる世の常とは申せ甚だ気詰まり.そんな珍緞屋染みた真似をするぐらいなら散歩なぞせずともよい.というわけで今週も専ら本を読む.という次第.

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無条件降伏は戦争をどう変えたか
第二次大戦の帰趨未だ明らかでなかった1943年1月のカサブランカ会談で,Franklin Delano Roosevelt が突然に持ち出して来た「無条件降伏」という前代未聞の概念が,その後の戦況,社会情勢をどう変えたか…というテーマの,まぁ序説.
なぜ序説かというと,表題にあるような「どう変えたか」について著者は必ずしも明確な見解を提示しているわけではないからで,終章の「もし無条件降伏要求がなかったら」の「もし」にも答は明らかにされていない.「無条件降伏という法外に苛烈な要求のため,枢軸国側は停戦交渉外交の道を閉ざされ,必要以上に過酷な結果を招いた」というような仮説が立てられているが,それも事実関係の検証は不充分のまま終わる.一方ではヒトラー暗殺計画などの直接関連性の薄い事柄の説明に割に大きくスペースを割いていたりもして記述配分の均衡を失しているのは否めない.
…というように各所にツメの甘さはあるものの,タイトル通り「無条件降伏は戦争をどう変えたか」というテーマを示しただけでも充分に卓抜な着眼点の手柄だと思うので,全く読んで損した気はしなかった.

戦後を読む - 50冊のフィクション
私は,佐高 信という人は,筆禍を飯の種にしているケンカ屋,あるいは,変にアジ的で上品ならざる表題の本を沢山出している人という個人的印象があって好んではいないのだが,本書で紹介されている様々なフィクション小説は,私の読書傾向とは全然違い,普段なら全く手に取らないだろう作品ばかりで,しかしどれも面白そうに書かれているので最後まで興味深く読めた.

短篇小説講義
内容紹介には「これから小説を書こうとする人に向け,短篇小説とはどのように書かれるべきか,その手法と書き方について,噂の「文学部唯野教授」が岩波文庫の作品から厳選し,大上段に語る」
…とあるがこれはJAROに通報した方がいいような大嘘.
本文には「小説とは,何を,どのように書いてもいい自由な文学形式である」ともあるがこれも半分は嘘だと思う.少なくとも本当のことは言っていない.

畢竟本書は,著者本人が,ディケンズやゴーリキー,マン,ビアスといった,過去に数多語られて来たカビの生えたような短編小説群を,どれほど斬新な視点で読み変えられるかに挑む.というのが眼目だろうと思う.つまり先の著者のテーゼは「小説とは,何を,どのように読んでもいい自由な文学形式である」の方が正鵠を得ているのでは.そしてそこに披露される読み方というのがどれも流石ツツイと唸らされる読解で,「これから小説を書こうとする人」なぞが読んだが最後,自分の菲才に打ちのめされることになるだろうから全く推奨できない名著にして毒書.

絵画の領分 - 近代日本比較文化史研究
巡回先のブログで取り上げられていたので取り寄せて読んでみた.
実に気合の入った力作論文満載で読み応え充分,ややゴシップめいたエピソードも適度に入れてあって631ページの大部をして退屈させない.
しかしなんだね,日本人ってのは,たとえ専攻が「洋画」であっても行動パターンが家元制度そのまんまで,洋画の新旧派の角逐とかミュンヘン派だとかパリ派だとか外光派だとかバルビゾン派とか,やることは古今伝授や華道茶道の免許や日舞の名取の暗闘と変わらないまま今でも営々とやってるよなぁ.タコツボの中で小物同士が潰し合うのが大好きという癖は百年経っても変わらないのかねぇ.

もうひとつ不思議なのは,この留学生たちは何で揃いも揃って西欧美術の20年遅れを大事に抱えて帰朝してくるんだろうという疑問.例えば高橋 由一でさえ Cezanne よりやや年上だけどキャリアは同じ位で Manet とほぼ同年輩.黒田 清輝なんか Seurat より年下で Matisse と同年輩(!),浅井 忠は Gauguin と同年輩で辛うじて同時代っぽいけど,岸田 劉生に至っては Duchamp より若くて Man Ray と同じくらいなんじゃないだろうか.本場に学んで来たにしては,どう見ても20年か下手すりゃ半世紀古い.もっとも岸田 劉生は留学してないか.
まぁ学校で習う教程は常に因循なものだからそのくらいのタイムラグがあって当然だろうが,パリのベル・エポック,まさに現代絵画誕生のその時その場所に居あわせながら,何を観て誰と付き合って来たんだろうなぁこの人たちゃぁ.流行に盲随するのが良いとは言わないが,少しは同時代性ってもんを意識することは無かったんだろうか.

ル・コルビュジエの勇気ある住宅
安藤 忠雄という人は昔からあまり他の建築家を語らない人で,それが一般向きにLe Corbusier を語るという珍しい本.Alva Aalto ならわかるがLe Corbusier ってところが直球で少し意外.ともあれ素人向けの本なので写真も多く,ぼんやり眺めているだけでも気持ちがよい.言うまでもないが Corbusier の活動期というのは,まだ近代建築というものに手垢が付いてなく,清新の風が漲っていた頃である.そして,意外なことなのだが,狷介なことで広く知られる安藤が,Le Corbusier の諸作品を案内して行く手際は,実に丁寧で先達に対する敬意に満ち,しかもインティメイト(カタカナで申し訳ないが日本語にうまくあてはまる表現がないを)な爽やかさがある.

ずいぶん昔,私の同窓生の一人が,若い頃の安藤のところでバイトしたことがあって,行く前はコワモテの評判を聞いていたので,どんなに怖い人かと思ったらスゴく優しい人だった.と言っていたが,私自身は安藤本人と面識がないので,実際にどういう人なのかは知らない.

どうでもいいことなのだが私の中では,Le Corbusier というのは.絵画ならPaul Klee,音楽ならClaude Debussy と互換性があって,どれを観ても聴いても点が甘くなるのであまり信用すべきではない(笑)
posted by 「い」 at 01:14 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書記録
[この記事へのコメント]
  1. 以前お話したかもしれませんが、その昔、安藤忠雄さんと思しき方とイタリア行きの飛行機の同じ便に乗り合わせたことがあります。
    ちょうど安藤忠雄さんがベネトンのファブリカを手がけた頃で、ベネトン本社にお勤めの日本人とご一緒でしたので、恐らく安藤忠雄さんご本人に間違いないと思います。
    「関西弁の面白いおっちゃん」という印象でした(笑)

    ところで話は変わりますが、函南町のパサディナハイツという集合住宅(設計は菊竹清訓)のことを最近知りました。
    斜面に沿うように建てられていて、集合住宅なのに戸建の雰囲気があって、古いんだか新しいんだか(建物は老朽化してますが)分からない感じ。
    面白い建物ですね。
    Posted by るく at 2007年02月21日 12:43
  2. >パサディナハイツ

    菊竹センセはいちおう遠い遠い師匠筋にあたるのです…(笑
    それはともかく,あれは斜面に貼り付いてひな壇状になってるタウンハウスのハシリみたいな作品でしたね.80年代に安藤さんも六甲でそういうのを設ってますが,元を糺せばあのテは,Le Corbusier が終戦直後に描いたものの実現しなかった「ロク」集合住宅のアイデアが源泉なのでした.
    http://www.albertoburgos.es/00_images/otros/idea%20y%20forma_archivos/image071.jpg

    さてもパサディナが出来たのは1970年代,今はああいうデザイナーズマンションみたいなものも皆の目に慣れて違和感無く受け入れられてますが,出来たばかりのときは函南のド田舎の造成したての斜面に打放しコンクリートの異様な建物がゴツゴツと建って,未だ周辺の緑化も済んでなかったので,やれ軍事要塞だとか山林破壊だとか景観を損なうとかボロクソ言われて菊竹センセは相当へこんだそうですw.今は周辺の緑も濃くなって,当初の異様な感じはずいぶん和らげられていますけどね.

    #今Yahoo! 不動産で検索したらパサディナの2LDKが370万円だって.ちょっと前なら即金で買えちゃったなぁ.今は18Kの市営住宅の家賃でさえ苦しいですが.
    Posted by 「い」 at 2007年02月21日 17:45
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絵画の領分―近代日本比較文化史研究
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Tracked: 2009-10-07 14:03
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