…何が悲しゅうてワタシのようなイイ歳こいた初老のオッサンがそんなベタベタにヲタ臭い話題を取り上げるか.などと白い目を向けないで頂きたい.ワケは読めば解る…かどうか.
気が付かれたでしょうか.今更「い」のような年配のオジサン達の多くには説明不要かと存じますが,YAMAHA DX7 へのオマージュというかリスペクトな事は一目瞭然であります.そも「
これでピンと来なきゃ80年代テクノ少年の成れの果てとしてはモグリでありますが,なお解らない若年性健忘症は,坂本龍一が1910年代イタリアの前衛美術 (今となっては忘れられたクラシック) をモチーフに作ったアルバム「未来派野郎
DX7が現役であった頃は,今とは逆に,皆が一所懸命になって肉声を色々と加工してはシンセサイザと親和性の高い無機的,金属的に聴こえるようなヴォーカル作りをやっていたわけで,そういう点では隔世の感があります.今はコンピュータ仕掛けで如何に肉声っぽい声を作るかが関心のありどころなわけですからな.尤もこのソフトウェアの根幹部分は肉声なのだから,反対の事をやっているわけではないのでしょうが.…などと考えながらプラスチックス
# ところで話は音楽から美術方面に一旦大きく逸れますが,先述の ITmedia の記事で取り上げられておる動画「初音ミクが可愛すぎるので描いてみた」を観て思ったのですが,このテのイラストの目に蒙古襞が平然と表現されるようになった (と言うより抹殺されていた表現が蘇ったと言うべきか) のは何時の事なのでしょう.公式イラストでは蒙古襞の表現は曖昧であるが,この二次創作では明瞭に表現されておる.また最近の有名どころで直ぐ思い付くのは,ハルヒには割にハッキリ蒙古襞がありますな.言うまでもないことですが,日本の美術史上,蒙古襞の表現ってのは白鳳時代の仏像の頃から既に顕著であります.これがそうでなくなったのは明治以降である.
## つまり蒙古襞の表現ってのは,かつて日本近代絵画のドグマに於いては一種の不可触領域というか,アカラサマに描くと土着的で反モダニズムだが,かと言って表現しないと日本人に見えずリアリティを欠く.という,インターナショナリズムとヴァナキュラリズムが激しく鬩ぎ合うポイントみたいなものだったと思うのですが.えぇと例えば,鏑木 清方はどうだったんでしょうかね. 鏑木 清方の実作をアップで観た記憶が曖昧ですが,あれも蒙古襞の輪郭を描かずに白目の塗り分けで表現するというキワドイところで描いていた気がするのですがどうでしたっけ> 富士の御上人 (と詳しそうな人に振ってみる)
### 鏑木 清方を引き合いに出したのは奇を衒ってのことではなく,上掲の初音ミクの立ち絵は,構図といい配色といい,臑よりも腿が長い日本的な脚のプロポーションといい「築地明石町」を連想させずにはおかぬからでして,いや,この類似はたぶん偶然であって直截に結び付けるのは無意味ですが,ただ DX7のインダストリアルデザイン造形の根底にあるのは,鏑木 清方的 (つまりアカデミックな西洋美術系ではなく,近世日本の浮世絵や琳派工芸 -特に本阿弥 光悦- ) な造形感覚なことに間違いなく,そういう共通感覚が時を隔てて擬人化されるに至り,再び露頂を見たような気がしてならぬのです.
閑話休題,話は音楽の方に戻り,カヴァーやオリジナル取り混ぜて初音ミクの代表的なところを十数曲ほど聴いてみたわけですが,ひときわ感慨深いのは,ピエルルイジ・ジョンビーニ (GIOMBINI , Pierluigi ローマ生) 作曲の「雨音はショパンの調べ」ですなぁ.と言うのは,これは言うまでもなく小林麻美が歌ってヒットした曲ですが,この曲がヒットチャート上位に入った時,当時たいへんに人気のあった TV 番組「ザ・ベストテン」から出演のオファーがあったのですが,これを小林麻美側は「曲のイメージを TV で再現するのは難しい」という理由で断ったのですな.
つまり,曲に表現されるキャラクタとしての小林麻美と,生身の小林麻美には不可避の乖離があって,これをTV放送の演出技術では埋める事が出来ない.という意味だろうと思うのですが,これがもし初音ミクなら生身が存在しないのだからそういう問題は起こり得ぬわけで,かと言って「出演」という概念は生身あってのことであるから,「初音ミクの出演」というのは意味を持たぬ…という眩暈感覚に見舞われた「い」でありました.
ところでその頃,ワタシは六本木のカフェレストランのカウンターで偶然に小林嬢本人と隣り合わせた事がありましたが,その時の印象では曲のイメージとあまり乖離は感じませんでしたな.脚がワタシぐらい細かったのには驚きましたが.
さてもこれだけ評判になっておるからには人間の方が初音ミクを盛んに真似るようになるのは自然の趨勢で,きっと今年の冬コミあたりでは,ああいう DX7擬人化コスプレの女の子がネギをバトンみたいにグルグル回しながら口パクで踊っておる姿をツクダニにするぐらい多く見られるだろうと内心楽しみにしておるわけでございます.いまさら見物に行く気は致しませぬが.
【関連エントリ】
雨音は






御指名恐縮です(w
とはいえ「蒙古襞」なる単語の意味がわからず...とりあえず検索かけて...「目頭のヒダ」ですか...
ざざざっと手持ちの図録・画集をホジクってみますと、日本画が大正期に細密描写に走って以降、名のある画家さん達は目頭・目尻の描き方を日本人の肖像と中国の故事人物とではかえておりますね。
日本人だと上瞼を円弧で引き、下瞼を直線的に...逆パターンもありますが、いずれにせよ上瞼の線の両端が余るように下瞼の線を引いてますね。「A」の字の山を丸くしたような、そんな感じ。これが中国の故事人物ですと奇麗なアーモンド型に描いてます。安田靫彦に顕著です...院展系の人の常でちょいとリクツっぽいのですけどね(^^ゞ。
さて。課題!?は鏑木清方。思うにこの人は無闇矢鱈なテクニシャン。さらさらと毛筆で本当に良い線をひいちまう...技術的に物凄いクセに大上段にそれを見せてこないのが憎らしい(^◇^;)...まぁ江戸の精神を受け継いだ最後の絵描きであるコトに異論はございません。
記憶には「三遊亭円朝像」の眼しかないのですが(「築地明石町」は滅多に出ません故に)、上瞼の線は太めで両端を太く描き、目尻・目頭は「<」「>」なりにキュっと内隈を入れておりますね。ほんで、下瞼の線はあるかなきか...で、あったかと。
要は攻殻機動隊の草薙少佐。或いはCOWBOY BEBOPのフェイ・バレンタインの「目尻・目頭の三角」をエラく巧みにアウトライン墨一発でやらかしておるのです...この辺が上手いんだ、この人(^_^;)。
以上、朦朧とした記憶による作文で取り急ぎ失礼します。
ま、ちょうど県美に清方が大きいの描くの止めた後の作品と、初期の大きいのが出てますので、近いうちに確認してまいりますm(__)m。
で。
>>ねぎばとん
コミケは「長尺モノ」禁止だそうですが...ネギはどうなんでしょね(^^;。
というのは,ご存知の通り安田 靫彦は,法隆寺の焼失壁画の復元とか,瞑想する聖徳太子を描いた「夢殿」とか,「飛鳥の春の額田王」とか,飛鳥・白鳳時代に材を取った作品がけっこうあります.いやワタシも中学の頃にスケッチ演習やったことありまして>「夢殿」
ところで法隆寺所蔵の飛鳥仏たちの目はどうなってるかというと,飛鳥時代にはまだ蒙古襞がございませんで,文字通り「巴旦杏の目」という慣用句があるほどのアーモンド・アイをしており,結果的にえらくソース顔であります.
蒙古襞が表現されるようになるのは,先述の通りその数十年後の白鳳時代,山田寺仏頭あたりから何気に目頭の襞が出て来まして,段々と日本ぽいカオになって行くわけでして.それを踏まえてか,安田 靫彦の額田王も,白鳳時代の女性ですから,だんだん蒙古襞が出て来たような雰囲気の目で描かれております.
では聖徳太子を描いた「夢殿」ではどうかと申しますと.以前のエントリ「前略 ミルクハウス」で言及しましたように,太子は飛鳥時代生まれ,しかも大陸系の影響濃い彫りの深いカオに表現されてますので,目は目頭クッキリ目尻スッキリのアーモンド・アイ…と思いきや,画中の太子は瞑想中なので瞑目しておるのでした.
http://lagenda.seesaa.net/article/22713276.html
しかし,もし聖徳太子がそのようなソース顔で描かれていたら,例え時代考証的には確度が高くても,発表時点の1910年代の世相では「安易な洋画的表現」と受け取られていたに違いなく,目を瞑らせるとは巧く逃げやがったなぁ.と思ったものであります.
さても鏑木 清方,また間近でご覧になって解った事などありましたら,ぜひお聞かせ下されませ.こういうことはやはり写真では解りませぬからなぁ.
ところで,折角ヲタ臭い話題を出したのですからネタ序でに,こういうサイトがございますので御紹介.初音ミクならまだしも,シスプリネタってのも我ながら自爆的ではありますが↓
http://cross-do.com/gallery/gift/nihonga.html
http://www.easyurl.jp/3d8
ワタシはTVを持ちませぬから,YouTube に転載されておるのを観ましたが,再生回数が相当にスゴイので,よほどの悪評なのであろう.
http://jp.youtube.com/watch?v=t1s7r1zbyTs
まぁ放送の印象操作ってのは,向こうさんがやる気になれば相当な事も出来るってのは,過去にワタシがちょっとだけ出演したTVインタヴューで,自分の発言が丸っきり曲用 (こんな言葉は無いが,曲げて使われたという意味) されていたという苦い経験からも察しはつきますがのぅ.ヤレヤレ.
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/18/news040.html
確かにこれはワタシも17日から確認してはおりましたが,一体何ですかのぅ.いや他の調べものをしていても,その日辺りから画像検索が面妖しくなっておるようです.というかそれで気付いたのですが.
ワタシが普段調べるのは大方は専門用語なので良い実例が思い付きませぬが,えーと一般的な単語の例では,例えば「ねこ鍋」でGoogleの画像検索をやっていただくと,似た状況が発生しておるのがお解りになるかとw.
眼の描き方ですが...
大抵の画家さんは蒙古襞まで忠実に描いてしまい、洋装の「日本人」の写実になっておりました。これはこれでその時代の雰囲気が出て悪くはないのですが、折角の日本画なのに「悪写実」めいておりました。
橋口五葉ですと浮世絵美人画を上手にモダナイズしており、彼の時代の「当世美人」になってはおりましたがその辺が限界。本人も解っていたのか洋装の御婦人には手をだしておりませんようです。伝統的な描き方してる割に「バタ臭い」西洋美人っぽいのです。
伊東深水は瞳を「ぼやっと」描いて目頭んとこの色を変えるというやりかたで、蒙古襞を露骨には描かないけど存在を暗示するような描き方。
鏑木清方は安田靫彦的に線で処理してますが、もっと洗練されていて、「めぢから」を必要以上に強調せず、現実感の有る顔に納めているように思えましたです。五葉と逆で、日本人ぽく描いてないのに日本人にみえちゃうです...よって、やっぱ清方はスゲェんだ、と思いましたとさ。
これは,近代日本がいかにして現代の汎用的な日本語文体を開発して行ったかという文脈で語られているのですが.建築や絵画の分野でも,形態言語のボキャブラリ,文体の体系というのは割に明瞭にあるとワタシは思っておりまして,これをハズしますと,司馬遼と和尚に倣って言えば,“二葉亭の文体で日本人を描くと『洋装の「日本人」の写実』みたいになる” のと似た状況に見舞われると考えております.例えば五葉の「文体」は,紅葉,鏡花に準えられるかと.
先の司馬遼はさらに論を進め,近代日本語がそのような汎用性,つまり天下国家を論じる論文から恋文までを一貫して扱えるスケーラブルなフレームワークを獲得したのは,漱石からではないかと言うわけなのですが,このような文章の世界と違って,遺憾ながら日本画の世界には漱石のような巨人は現れなかった.
しかし清方と靫彦,アプローチは対極的なれど,求めるものはやはり,描く対象を択ばない,それでいて日本・画になっている.という普遍に通用する形態言語体系の構築を目指していたのではないか…ってのがワタシの仮説でして,例えばその成果は弟子世代になると,最新の Packard のリムジンを描いて不自然にならず,また日本人を描いて西洋の写実と異なり,それでいて…
…ってこの先は厚かましくもそちらさまのブログのコメント欄で簡単に触れさせて頂こうかと存じます.