2007年12月04日

ブックマーク -35 または萌え擬人化

ワタシの友人に,毛玉明という小説家のタマゴが居ります.

友人と申しても若く,えぇと今年で20歳だったでしょうか.その彼が14歳か15歳のとき,何が契機になったか知らぬが書いた小説に,ワタシが感想を書き送ったのが切ッ掛けで,今に至るも友誼が続いておる.尤も当時のワタシは相手が中学生だとは知らなかったわけですが.

その時の作品を紹介したいのですが,生憎と今は公開停止になっておるようで,代りに同時期の彼の作例としてこのリンク先あたりをご覧願わしぅ存じますが,中高校生が書いたにしては中々なモノであると思うのですが如何でしょう.

# 註釈しておきますと,同工異曲の手法を使ったプロ作品に「軍艦越後の生涯」というのがございますが,本人の申すらく,それは全然知らなかったとのことで,単なる偶然の一致のようであります.

で,5年後の今はどうかと申せば,「十で神童 十五で才子,ハタチ過ぎれば以下省略」の格言通り,未だどこぞの文学賞を取ったという噂も聞かず,本が出たという話もなく,つまりはぶっちゃけ鳴かず飛ばずのようですが,それもまた人生であろう.そのうちいいこともあるさ.

さておき,本の質と売れ行きは,一致するのが理念としては望ましい事でありますが,ともすれば現実は↓このように大きく相反するもので,



『「ケータイ小説」がベスト3独占、07年文芸部門』なんていうニュースを目にするにつけ,ハテ現代の文芸ってぇのは一体どういうことになっておるのか,ワタシもチト立ち読みしてみましたが,製本された紙媒体では密度がスカスカで到底読むに堪えぬ,かと言ってケータイの極小画面では老眼で駄目.畢竟ワタシなぞには向いておらぬ.としておきます.

それに,ケータイ小説を論評するなら,同じケータイサイズで読むに堪えるような密度 内容 文体の「ケータイ書評」を書かないとフェアでない.相手の刀の届かぬ遠くから石を投げるのと同じですからな.
にしても上掲記事にあるこの談話↓は…

>老舗文芸誌「文学界」1月号は、「ケータイ小説は『作家』を殺すか」と題して大手文芸誌初のケータイ小説特集を組み、文学への影響を分析。
 同誌編集部は、「文学は時代を反映するという意味では、文芸誌もケータイ小説を無視できない」と説明する。

 
「文學界」の編集長ってのぁ,いまワタシの幼馴染がやっておると思ったが,ウカウカこんなこと書かれていいのかのぅ.数年後に妙な原稿を大量に持ち込まれて後悔したりせぬか.

いや,そんな腥いことを書く心算ではなかった.書きたかったのは「擬人化」の話でして,先の毛玉明の小説も,テーマは吉田満「戦艦大和ノ最期」へのシリアスなリスペクトだと思うのですが,手法は故意にラノベ文体を使った大和の擬人化でありますね. (そもそも「戦艦大和ノ最期」自体が,顕かに大和を擬人化した書き方をしていますが,皆様お気付きですか)

また,彼の近作には様々な軍艦を擬人化した作品もある.改めて申すのもアレですが,兵器擬人化というのは,ミリヲタの間では定番の手法で,ワタシが定期巡回しているサイトの中にも数多存在致しますな.プロの方ですとこちらこれ (稀刊本なのか凄い値段である) とか.

…しかし空母「瑞鶴」の抱き枕.って,どんな人が買うんだろうかなぁ.

軍艦に限らず,この擬人化という手法,もしかしたらこれは,イスラーム圏より東,インド以東のアジアに普遍な文明の在り方ではないかとワタシは思っておるのでして,つまりアジア人の世界認識の根底には広くアニミズムがあり,それと結びついてシャーマニズムがございますね.この自他融合的な眼差しのありかたは「個」と「対象」を峻別する西欧のソレとは大きく異なるわけであります.

これをば敷衍するに,アジャンタ石窟の仏画から現代日本の萌え絵に至るまで,アジアの人物像と西欧世界の肖像との最も大きな相違点は,デフォルメ手法の違いなどと言う表層的技巧の問題ではなく「擬人化」という視点の有無で観別ける事が出来るのではなかろうか.仮に描かれる対象が肖像であっても,アジアの絵画は「人間を一旦擬人化して描く」という,一種捩れた操作を行っているように思えます.
このあたりが,今のフランス人なぞが日本の漫画を模倣して描いた “MANGA” や,19世紀末に浮世絵の影響下で描かれた泰西絵画なぞが元と似て大きく異なる所以ではないか.

と仮説を立ててみますと,毛玉明の「大和」や,“じじ”氏の「瑞鶴」が巫女の姿として描かれることは,様々な示唆を含むように思えるわけでありますね.

よしんば直接に擬人化して書かれる事はなくとも,阿川 弘之「軍艦長門の生涯」や,吉村 昭「戦艦武蔵」は,隠喩としての軍艦擬人化の性向が顕かに読み取れます.特に後者は,筆を抑えて書いているにも関わらず,ともすれば著者の意図を超えて,否応なく「武蔵」が怪物めいた巨人に見えて来ます.今回読んだ本もそれで…

四本の火柱―高速戦艦勇戦記
金剛級巡洋戦艦 (後に改装されて高速戦艦) 4隻のライフヒストリー.太平洋戦争を通して,金剛級というのは最も扱き使われた戦艦であるから,エピソードも非常に豊富.主人公は人間群像なのだが,やはりどうしても最後には軍艦が人格を持って見えて来てしまう.但し何分にも4隻も居るので,個々のエピソードが薄まって見えてしまうのは仕方ない事か.

彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団 (光人社NF文庫)
序盤はダルいが,中盤から猛然と面白くなるノンフィクション.何よりリーダーの美濃部 正少佐のキャラクターが良い.あくまでも現実主義,あくまでも機会主義を貫き生半可な国粋イデオロギに揺らがない強固な信念と実務能力が快い.どんなに状況が絶望的であっても,こういうタフな戦い方が出来る人が居たというのは誇るべき.また,そういう人材を「異色」とか「異端」とせざるをえない状況や体制に対しても考えさせられる.

空母零戦隊
公称撃墜機数はさほど多くないが,日華事変から敗戦まで,実に被弾無しという驚異の零戦搭乗員の自叙伝.語り口が非常に率直で簡潔明瞭,かつ空母飛行隊での経験豊富なため,艦上機の運用などの手順についても図入りで詳述されているので資料価値も高いと思われる.ユーモラスなエピソードも各所に入って読み物としても大変面白い.

夏のエンジン
自動車雑誌 “NAVI” に不定期連載していた短編をまとめたもの.いつもながらの矢作 俊彦の筆致なので,何かえらく古い話のように感じるが,物語の舞台は60〜70年代と思しいので,さほど昔ではない.作中では,バトルでアルファに敗けた不良連中が火炎瓶で仕返しを企む「インディアン日和」が面白かった.序でに言うと,自動車がテーマになった小説でよくありがちなのだが,「事故で死んだ友人の事を生きた登場人物が語る」って筋立ては例外なくつまんないものになると思うが,書く人は今も昔も多いんだよな.

昭和が遠くなって―本音を申せば
これは酷い.老害なのか手抜きなのか知らないが,構成メチャメチャ,エピソード尻切れトンボ,話はあっちゃこっちゃに飛ぶわ,かつては定評のあった映画レビューも中学生の感想文レベルに劣化し,果ては脈絡なく小泉内閣罵倒になるわで,読了するのに骨が折れた.本当にこれが「週刊文春」の売り物エッセイなのかよオイ.よく皆が大人しく読んでるもんだなぁ.

昭和の東京―あのころの街と風俗
警視庁の写真係だった著者のフォトライブラリ.と言っても犯罪の記録写真などではなく,どちらかと言えば報道寄りの傾向.戦前の華やかで猥雑な東京の盛り場や,東京大空襲で焦土と化した風景写真など,警察官という立場から制限が緩かったのか,題材は幅広い.がページ数が少ないのが惜しまれる.あとがきには続卷が予定されているとあるが,出たのだろうか.著者の年齢から言って既に今は故人だとは思うのだが.

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義
物凄い傑作.母国独立への熱き情熱,同胞との確執,裏切り,日帝支配への対立と屈服,そして夢の実現を目前にしての挫折と死.新宿中村屋のカリーの伝来者が,このような壮烈な生涯を送った人であったとは.そして著者が若いのにも驚く.まだ30代になったばかりとは.

歴史をあるく、文学をゆく (文春文庫)
最近は変な言動が目立つ半藤 一利の,少し前の歴史紀行.まぁそれだけのもの.

風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡
章頭に挿入される宮崎 駿の写真の髪の毛の色が,「ナウシカ」の時は真っ黒だったのが「もののけ姫」の時は,もう真っ白になっているのが面白かった.
宮崎は貶しても褒めても信者やアンチがウルサイので,それだけ書いておこう.
ちなみにインタヴュアは渋谷 陽一.この人の独り合点癖は若い頃から相当なものだったが,老人になってさらに進んだようで.読者に解り易く話そう,聞き出そうという気はハナっからないのだろうなぁ.当方も既に若くないので無理して随いて行こうとも思わないが.
posted by 「い」 at 22:03 | Comment(11) | TrackBack(1) | 読書記録
[この記事へのコメント]
  1. >友人と申しても若く,えぇと今年で20歳だったでしょうか

     そう言えば、先日三人で食事した際、お店の人に「い」殿と毛玉明殿が親子に見えたという話もありましたな。お二人は似てるのかなぁと思いつつ、私と親父もそれほど似ていない事を思い出し。
     
    Posted by T2 at 2007年12月05日 23:57
  2. 実際にも毛玉明の御尊父はワタシと同年輩ですからなぁ.しかし似ては居りませぬ.ワタシの20歳の頃は彼とは似ても似つかぬ美形であったw

    しかし知らなかった事とは申せ,相手の実年令が後々まで解らぬと言うのは厄介でもありますな.もし毛玉明が女であったら面倒な事になるところでした.
    まぁ向うにしても「い」が本当に中高年であるとは,後年に直接対面するまで確認出来なかったわけですが.

    Posted by 「い」 at 2007年12月06日 00:39
  3. 「い」様

    ご無沙汰しておりました。

    彗星と云えば、海軍第131部隊、所謂『芙蓉部隊』ですね。

    基地が藤枝(と鹿屋、後に岩川)にあり、(訓練中の?)富士山の眺望が見事であったことから芙蓉の名を美濃部少佐自らが部隊名として用いた事に由来しております。
    (もっとも、「い」さんであれば『彗星夜襲隊』読了以前にご承知のコトでしょうが)

    本年の7月、大石家発行の瓦版にも取り上げられてもおりましたので、それをご覧になった方も居られるかと存じます。>芙蓉部隊

    芙蓉部隊も、美濃部少佐も、コメント欄で語り切れよう筈もございませんので、興味をもたれる方へは『斧に気をつけろ』『空翔る鶴と芙蓉の嶺』でのgoogle検索をお勧めしておきます。
    (直リンクはブログ作成者ご本人の承諾を得ておりませんので、此処では控えることとします)

    特に、『空翔る〜』は美濃部少佐の御息女による執筆と推察され、今後の記載に期待して良いかと。

    『特攻云々』の話も長くなるため控えておきますが、美濃部少佐自身は最後の手段として止む無しと考えておられた様ですね。

    美濃部少佐、戦後は航空自衛隊の立ち上げに尽力され、航空自衛隊幹部候補生学校長も務められておられたそうです。
    また、10年ほど前にお亡くなりになっております。
    Posted by さんどろ at 2007年12月06日 01:26
  4. ワタシ自身は,特攻拒否云々については全く何の興味も持っておりませんで,格別に関心があったのは,他部隊で稼働率不良であった彗星の運用性向上には,どのような秘訣があったのか,また,特に熟練とも思えぬ搭乗員の教育,短期間での技量向上には,どのような人事育成のノウハウがあったのか.というあたりが実は興味の中心でしてな.

    本書は,その興味に関しては充分に応えておるとは申せないのですが,いくつかの重要なヒントは得る事が出来たように思います.

    エンジン整備に詳しい方なら誰もが思い至る事だと思いますが,熱的に不安定で各気筒の運転条件が不均等になりがちな空冷エンジンに比して,液冷エンジンにはそのような難点が少ないため,一定の整備条件が満足させられれば,空冷より性能発揮は容易な筈であります.然るに史実は,多くの整備部隊がこれを苦手としておる.その違いは那辺にあるか.そのあたりが目下ワタシの最も知りたいところでありますね.

    なお,別書によれば,空自を退役された後の美濃部氏は,民間の自動車部品会社に転出され,従業員教育に従事されたとの事で,やはり人材育成については何か重要なノウハウをお持ちだったように思える.そのあたりの情報も,今後追々調べて行こうと思っております.

    > 空翔る鶴と芙蓉の嶺

    これは今後も要チェックですな.
    Posted by 「い」 at 2007年12月06日 10:04
  5. >「い」様

    >> ケータイ小説
    横書き透過光でモノが読めるかぁっ!!...などとワタシのよな爺ぃはブン投げたくなりますが...なんてコトはおいといて。

    主人公がレ○プされて望まぬ妊娠をして苦しんで周囲から阻害されてる時に運命の男があらわれて...とか。
    ティーンエイジャー二人が恋に落ち周囲の反対や奇異の目に晒されながらも愛し合い信じ合って苦難の道を乗り越え...とか。
    一見楽しくやっているけれど、周囲から浮いた感じをいだいていたり、生きる実感を得られない主人公が○×に出会って本当の自分を見つけ...とか。

    スパイスの効かせ方は色々ですが、比較的容易に何パターンかに分類出来そうです。んで、このパターンは以前にも何処かで...と思いましたら、コ○ルト文庫とかのジュブナイルと呼ばれた作品群の一部と一緒ぢゃん、と、思ったりしました。

    >> 擬人化

    アニメ版「戦闘妖精 雪風」を借りにゆきましたら「戦闘妖精少女 たすけてメイヴちゃん」ってのがあり、驚いておりましたら「空母なお姉さん」ですか...世の中知らないことがいっぱいあります(^^;。

    んで。

    なんにでも感情移入して擬人化して語ってしまうのは、なんと申しましょうか、「い」様の先のエントリのとおり、宗教上の理由で偶像崇拝を厳しく戒めたか、そうでもなかったのか、その辺も関わってくるのでございましょうか???
    Posted by 1sugi at 2007年12月07日 23:45
  6. □ ケータイ小説について

    ちょうど毛玉明が直近のブログに書いておりますが,まぁプロットや構造が既存のものの流用であっても,それを目新しく読ませる工夫がありさえすれば,それはそれで結構な事だと,基本的には思いますですねワタシは.

    ケータイ小説の場合,「入れる器を変えた」ということで,これも工夫のひとつかと.またそれに合わせて独特の文体も出来つつあるようで.器が変われば自ずから文体も変わるのは自然な流れ,例えばワタシのこの駄文とて,ディスプレイで読まれることを人間工学的に想定した,1行あたり30文字台半ば,段落は空改行一字下げ無しというレイアウトに合わせ,紙媒体用とは意識的に文体を変えてございます.
    ともあれ一概にケータイ小説がお粗末とも言い切れぬところは無きにしも非ず…

    …なのですが,読めぬものは読めませぬなぁ.まぁ年寄りの出る幕ではないということで.

    □ 擬人化について
    > 宗教上の理由で偶像崇拝を厳しく戒めたか、そうでもなかったのか、その辺も関わってくるのでございましょうか

    宗教,と申しますと何やら知的に体系立った印象を与えますので,ワタシはより始原的で素朴な「モノの見方」に起因しておるのではなかろうかと思っております.

    まず始めにモノを人のように見る感情習慣があれば,それを表現する時も自然な流れから自ずと,人の如く表現する美術が出来ましょうし,また,風景が人的感情を持っておるような表現の文学 (定家や一茶などを想像して頂ければよいかと) も生まれて参りましょう.

    そうなりゃ,あとは様式の違いに過ぎず,グプタ様式であるか初唐様式であるか大和絵式であるか浮世絵式であるか萌え絵式であるかは,それぞれ僅かな立場の違い.と看做す事が出来ると思ぅておる.偶像崇拝是認の宗教なども,いわばその感覚が宗教的に現れた現象と見られるかと存じます.

    さらにワタシが興味深く思うのは,そういうモノの見方が生身の人間像を描く時にも現れることでして,例えば度々例に出す鏑木 清方の作風は,ヨーロッパの写実とは顕かに違う,「人間を擬人化した人物画」ではありますまいか.そういう感覚の先に,初音ミクのようなソフトウェアも位置づけられるのではないか…と考えておるわけです.
    Posted by 「い」 at 2007年12月08日 11:35
  7. >「い」様
    >>ケータイ小説

    プロットや構造が同じでも、なにか新しい工夫が有ればよろしい、という点につきましては全く仰せのとおりであるかと。

    ストーリーがお約束でも、「お約束は間が命」ですから、変化する媒体に合わせた文体を工夫し、表記に心を配り...支持を得ているケータイ小説作品にはある種の迫力があるコトは確かです。

    とはいえ、なにかこの...40ヲヤジにはこの...読みにくいので...

    昔々のジュブナイルも今のケータイ小説も若年婦女子の皆様の支持があるのかな、と。「泣けたり頑張れたり」するモノが多いのは、発表媒体が変わっても、支持年齢層の好みはあまり変わらないコトのあらわれなのかな、と。ならば「時代物」や「企業実録物」とかの「をじさん層」向けもガンガン来ないかな...などと思ったりしております。

    >>人間を擬人化した人物画

    一瞬アタマの中を「キャラクターデザイン」という言葉がよぎりましたが、それ以上広がりませんでした。

    面白いテーマですので、また勉強して何か書き込まさせて頂きますm(__)m。
    Posted by 1sugi at 2007年12月08日 16:48
  8. 「中村屋のボース」は私も読みましたが、傑作ですね。作者は若いですが、彼がこの本を書いたときと、ボースが中村屋にかくまわれた時は、同じ29歳なんですね。

    主題とは離れますが、中村屋の相馬黒光と、その周囲のきらめくような人物往来も面白かったです。その一人の中村彝は調べてみたら私の通っていた高校の大先輩らしいです。ここの生徒の特質を「のぼせ」と良く言われるのですが、その極端な例が彼だったのかも・・と、読んだときに思いましたね。

    Posted by akira isida at 2007年12月08日 22:31
  9. > キャラクター

    この語源を辞書で調べてみますと,ギリシャ語起源ラテン語の,"kharakter",すなわち ‘a stamping tool.’ から来ているそうです.「ハンコを捺すモノ」ってぇと,今の日本語慣用表現では「レッテルを貼る」に近いんですかねー.
    とすると,受動にしろ他動にしろ,やはり人為的な感じがして,ちとズレる気が致しますな.

    もう少しニュアンスが近い言葉は無いか考えてみるに「依代」,英語だと,"medium" か "catalyst" というと,割に収まりが良いような気がしますが,どうでしょうか.
    Posted by 「い」 at 2007年12月09日 17:32
  10. > R.B.ボース

    独立への理想が次第に日帝支配によって裏切られ,妥協と屈服を強いられつつ,引き裂かれて行く志のありかたは,ワタシはなにやら神坂 智子の「T.E. ロレンス」を連想したりしながら読んでおりましたね.

    登場人物の中では,やはり頭山満が非常に面白く思えます.この人の思想の無さってのは,もう骨の髄まで徹底してますなぁ.というか,日本人一般の思想の無さを頭山満が代表してるのかもw
    滞日が長くなるにつれて, (元は非常に思想的,理念的だった) R.B.ボースの言動が次第に思想的でなくなり,オポチュニスティックになるのは,そういう日本の風土に否応なく染まって行ったから…ってのもありそうな気がしています.
    Posted by 「い」 at 2007年12月09日 17:53
  11. ワタシはTVを見ませぬので気付くのが遅きに失しましたが,本文で取り上げた「昭和の東京―あのころの街と風俗」の著者である石川 光陽氏を仲村 トオルが演じたドラマが放送されていたようですな.ちと観てみたかったような気は致します.ちなみに上掲書にも,33枚全てではありませぬが,被弾直後の東京の模様の写真が掲載されておりますね.

    【TBSの番組紹介 (Web魚拓) 】
    「シリーズ激動の昭和 3月10日東京大空襲 語られなかった33枚の真実」
    http://easyurl.jp/7sh

    【朝日新聞の番組紹介 (Web魚拓) 】
    「東京大空襲を見つめる TBS系と日テレ系で特番」
    http://easyurl.jp/7sj
    Posted by 「い」 at 2008年03月13日 11:26
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それらしい兵器
Excerpt: ◇  私は架空戦記というと、なんとなく軽薄な感じがして嫌なんですが、兎も角戦争を舞台にした小説を十三歳の頃に書き始めて、それで現在は...
Weblog: 玉川上水
Tracked: 2008-07-14 01:52
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