2008年05月10日

甲州ワイン

今回は山梨県を悪しざまに書きますので,当該地区の方は覚悟めされよ.

古来甲州というところは,食材は上質にして多様にもかかわらず,それが一向に食文化に結実せぬ土地でありました.これはもう酷いものでして,とことんロクな料理がございません.ここでワタシが過去30年余り甲州に於いてどれだけ酷い目にあったかを書き出すと,数回分に渡っても終わらぬので割愛しますが,全国統一規格な筈のマクドや吉野家でさえ,甲州で食うとパティを焼き過ぎていたり飯がグチャグチャだったりと,ハッキリ不味い.たぶん今現在もそうだと思うので我と思わん人は試してみると宜しい,きっと後悔する.

唯一,世に著名なる甲州の郷土料理というと「ほうとう (しかもキャッチフレーズが『うめぇもんだよカボチャのほうとう』である.もうちょっとなんとかならぬのか) 」ぐらいのものであるという事実からして,八ヶ岳山麓縄文遺跡からの長き歴史を閲するにも関わらず,惨憺たる食文化の貧弱を実証しておると申せましょう.渡辺 和博の名著「金魂巻」のケーススタディでも,(ビ) のラーメン屋は山梨県出身で「味のことは正直言って解りません」という設定でありました.

ともあれ曲がりなりにも「ほうとう」に次ぐ,と申しますか,辛うじて現代甲州食文化が世に誇り得るもの,それはワインでありますね.由緒書を見ると行基菩薩 (天平時代) が甲州に葡萄を齎したなどという,トンデモすれすれの大風呂敷が書いてございます.

しかしこれも現実の歴史は極めてカソケキものにて,我が記憶を辿れば,時は1970年代,甲州は父の故郷の長野への往還でございますれば,幾度も勝沼あたりの葡萄園に立ち寄っては,生葡萄果,葡萄ジュースや桃と共に,話の種に「甲州ワイン」をも土産に買ったものですが,その頃は「 (ワイン) らしきものを作ってみました」程度のものであり,到底味を云々できるような段階には至っておりませなんだ.
作った人もきっと当時は「普通のワイン」がどんな味なのか,よく解っていなかったのではなかろうか.葡萄渡来以来の1300年,何やってたんだと思うような代物でしたな.

70年代の山梨
【1970年代 中央道開通直前の甲州,韮崎郊りか. 映り込んだ当時の自動車から解る通り,明治の北海道開拓風景でもなければチベットやウズベキスタン山岳地帯でも Photoshop のコラでもない.ちなみに写真には写らないが甚だしく牛臭い.この状況で食文化を云々することは(以下略)】

# 話に聞くところでは,現在はヴェトナムのワインが丁度そのくらいの段階らしい.

それが長足の進歩を遂げたのは,ワタシの舌の記憶では1980年代の中盤.

甚だしき玉石混淆の混沌にあっても,幾つか出て来た甲州物と銘打ったワインに,辛うじてイケるものが増えて来たのでありますね.特に若飲みの白ワインはソコソコの線まで到達し,在来の甲州種を使った白にも評価に足るモノが出て参りました.どうして白ばかりなのか察するに,周知の通り赤ワインというのは,好適品種の吟味育成もさることながら,渋味のバランス,まろみ等々,難しい要素が多々ございますが,これが白であれば,未熟な技術水準でも何とか味が纏められたからではなかろうか.

# そう言えば古代エジプトのツタンカーメン王陵には,ワインの壷が幾つも副葬されていた由で,むろん酒自体は全て蒸発していたものの,残留物を分析したらば殆どが白ワインだった.なんて史実もございまして,さもあらん,夭折の帝と雖も氏育ちに相応しい鋭敏な味覚をお持ちとみえ,古代エジプトの醸造技術では白ワインの方が美味く醸せたのであろう.まぁ甲州ワインに関しても同様に,天平時代よりの永き古代の暗黒から,漸くこの80年代を以てひとまず文明の曙光を見たと申せましょう.

とは云え80年代当時のワタシは甲州ワインを常飲銘柄にする程の愛国者でも無し,やはり安くて美味いはイタリア物.という認識は不動だったわけですが (今もそう思っております) ,それから幾年か経った1990年代前半,甲州勝沼にて「かつぬまワイン祭」という催しがあることを小耳に挟みまして,気紛れに出掛けてみたことがございます.これは大手企業は参画せぬらしく,地元の蔵がこぞって自信作を出品,呑み放題の試飲ありというフレコミでしたが,行ってみれば埃っぽい学校の運動場で,各蔵がテントをしつらえてワインを飲ませているだけ.という至って貧弱な催しで,随分と体裁はお粗末であった.

体裁には構わぬ,酒がありゃ文句は無ぇ……のがワタシの基本姿勢ですが,正直,後悔の念が湧き上がって来たのは否めなんだ.何となればまず,口を漱ぐ水も無ければ口直しのクラッカーやチーズの用意もございませぬ.これはしたり,此処は食文化不毛の甲州であった,文明の光が兆したりとは云え細隅まで及んでおらぬ.しかしこれではワインの味見どころではない.
して急ぎ近傍の田舎スーパーに取って返し,そこでも並んだ食品の貧弱さに一驚しつつ,明らかに売れてない埃だらけのエビアン瓶と明らかな売れ残りのヤマザキフランスパンと雪印6Pチーズを買って運動場に戻った覚えがございます.それでも何も無いよりは数等マシ.

そのようなダメっぽい空気の漂う現場で,とりわけワタシの記憶に残った酒はと申しますと,筆頭は「ルバイヤート甲州」それに並ぶは「グレイス勝沼 シュール・リー」でした.さよう,今では方やジャパン ワインコンベジション金賞受賞,一方はジャパン ワイン チャレンジ 最優秀日本ワイン賞受賞の両蔵であります.栴檀は双葉より芳しと申しますか,その頃から美味いモノはヤッパシ美味かったことは特記してよいでしょう.その日はこの2者に巡り会えただけでも収穫とせねばなりますまい.

尤も今の「かつぬま新酒ワイン祭」は,会場も別処に移り,華やかな村乙女の葡萄踏みや,歌舞音曲も賑やかな千客万来の催しとなっておるようですし (メイド服好きは大喜びであろう) ,また,つい先頃,神楽坂辺を逍遙しておりました折,この「ルバイヤート」の銘柄を掲げたワインバーを見掛けまして,「あゝ,あの学校の土埃舞う運動場から,この神楽坂のオサレなワインバーに至るまでは,きっと長い々々道程だったのであろうなぁ.将に "The Long Way to TOKYO" である」と,暫し感慨に耽ったものであります.

また90年代半ばには,勝沼駅の近く,見晴らしの良い丘の上に「勝沼町立ぶどうの丘」という,レストランとワインセラーを兼ねた町興し施設がオープン致しました.ここは公共施設なれども料理人はヨソから雇ったと思しく,仏風ジビエ料理なぞを安価に出しましたし,地下にあるワインセラーも千円で試飲放題ということで,そうなるとワタシも騎虎の勢い,口の開いた瓶があればあるだけ幾らでも呑んでしまいますゆえ,幾度も通ってはセラーに入り浸り,対人地雷級の危険なワインを含めて随分と経験値を上げさせて貰った覚えがございます.その後,この施設も有名となり,観光バスが大挙押し寄せる人気スポットとなった由.

上記は地元系の蔵ですが,当時のワタシは周辺の大手や中堅のワイン工場も割にマメに回ったものでして,中でも殊に印象に残るのは,サントネージュワインでしょうか.ここは至って平凡な工場でしたが,ワインはなかなかのものだった記憶がございます.特に,当時従来の国産ワインが不得意であったところのメルローか何かの赤など,試作品を呑ませて貰いました折,「ははぁ.これはブリのカマ焼やレバーのヤキトリなんかに合いましょうな」と申しましたら,「まさにそういうところを狙って造りました」と,我が意を得たりの表情で喜ばれたことがございます.

またこの工場は,事務所の階上に.小学校の講堂じみた些か見窄らしい大部屋がありまして,普段は朝礼にでも使っておるのでしょうか,そこで幾つかのワインを開けてくれて試飲が出来るようになっておったのですが,フト壁際に殆ど放り出すように無雑作に立て掛けた絵に目が留まり.見れば Andy Warhol,題材は若い頃の坂本龍一の肖像画でありました.もしホンモノなら中々の値打物ですが,皆様御存知の通りウォーホルは極めて真似易い作風でして,ワタシなぞも学生時代にウケ狙いで真似して自分のカオを描いた事があるくらいですから,何かの余興に使った大道具の類であろうと思い,念のため社員の人に確かめますと,愕いた事にホンモノであるという.

何でも昔,サントネージュのCMに生前のウォホールと若きサカモトが出たことがあり,その時に描いたものであるということでした.「これは幾ら何でも無雑作過ぎますぞ.もう少し丁寧に扱われては如何」と申し上げておいたのですが,係の人は「はぁ,そうですか」と,至って春風駘蕩の体であった.なにやら昔のタヒチにゴーギャンが置いていった絵の扱いのようであります.

とまぁ,なぜ,唐突に甲州の話など始めたかと申せばそれは,ちょうど今時分の甲州は,残雪を冠った山々に桃花咲き誇る季節が終り,昨秋に仕込んだワインがそろそろ酒の体を成して来る筈の頃だからで,心そこに及べばそぞろ心騒ぐ心地ぞする.

美しき晩春の甲州よ,まだ中央道も通っていなかった頃,延々とバスに乗って学友たちと行った事があった.若きが故のやりきれぬ鬱屈を抱えて独りバイクで駆け抜けたこともあった.また多くの仲間たちと好きなイタリア車を駆って集まったこともあった.そして,いつか一緒に行こうと約束した人と遂に果せなかった悔恨も.
しかし,3時間ほども車を馳せれば行ける処でも,思いを馳せれば随分と遠く感じるもので,已んぬる哉,吾は懐かしき過去の日々に旅立つ乗物は持たず.往事茫々,これもまた春愁と言うべきか.


posted by 「い」 at 19:19 | Comment(6) | TrackBack(1) | 呑み喰い
[この記事へのコメント]
  1. お久しぶりです、更新されなかった理由は前のエントリーで了解しました。

    中公新書の「ワイン作りの思想」、1976年1月に桔梗ガ原の葡萄農家にコンコードからメルローに植え替える必要性を説明する場面があります。
    まさに70年代後半は日本のワインが赤玉や蜂からテーブルワインに変わらざるを得ない時期だったんですね。

    1977年頃、酒飲みの学部長に連れられていった工場見学の合間に勝沼の大手ワイナリーに寄ったはずなのですが、どんなものを飲んだか記憶からすっぽりと抜けています。こちらも飲み手としてはまったく知識、経験ともに無い頃だったんで仕方ないのですが。

    Posted by akira isida at 2008年05月11日 10:19
  2. そういう記述がありましたか.どれちょっと見返してみますと… ははぁ.なるほど.「塩尻は寒いからメルローはリスキーだ」と,そういう文脈ですか.そう言えば先述のサントネージュの人も,「メルローは寒さに弱いので」てなことを申しておりましたなぁ.
    後年,余市の NIKKA で試作のミュラー・トゥルガウを呑ませて貰った時も,耐寒性について特に配慮しての品種選択である.てなことを言うておったのを思い出します.

    まぁ余市の話は稿を改めて書くとしまして,何よりワタシが不審の念に堪えぬのは,なぜ明治の日本が葡萄酒醸造を導入した時に,よりにもよって赤玉・白玉のようなヘンチクリンなものを拵えたか.でありますねぇ.あれが永年に渡って齎した弊は大きいと個人的に思っております.近世までの日本酒の伝統味覚の延長上からすれば,リースリングなどを使ったモーゼルタイプ辺りの方が,当時の市場も受容し易いように思うのですが…

    …尤も,鳥居信治郎にそういう見識を期待しても無駄かも知れませぬけれど.
    Posted by 「い」 at 2008年05月11日 22:04
  3.  モーゼルというと日本では黒猫印ですが、さすがに1980年代にならないとあの手は作れない気はします。

     それは置いておいて、赤玉を誰が飲んでいたのか思うに、記憶にあるのは母方の婆さんが食後に小さなグラスで美味そうに飲んでいたのを思い出します。御婦人達の美酒だったんでしょうかね。

     そのころ親父は「プランドール」なんて変なものを飲んでました。葡萄酒を蒸留して甘味料と香料をたっぷり添加したものと推察します。名前の最後に「V.S.O.P」とか書き加えてありましたが、いわば「ナポレオン信仰」の末尾もいいところに位置していた酒でしょうね。


    Posted by akira isida at 2008年05月12日 22:48
  4. あぁ,ワタシが申したモーゼルというのは,シュバルツカッツのような,極く新しい醸造技術を駆使し,かつ輸出用 (たぶんあれは輸出乃至オミヤゲ用ではないかと思います) のやつではなくて,中世からずっと在るリースリングの白のことであります.

    さておき,なぜ70年代まで赤玉のようなワイン風カクテル=ワインであるという大いなる誤解が膾炙しておったか考えるに,甘味無添加の純正葡萄酒が,昔から医薬品として日本薬局方に指定されてしまっていた所為が多分にあるのではないかとワタシは思います.
    これは酒屋でなく薬屋に売っており,非常に酸っぱくてモノスゴク不味いものでして,何でそんな事を知ってるかと言うと,子供の頃のワタシが強壮用にと飲まされていたからで(笑)

    あれで“葡萄酒ってのはこういう味のものなのだ”という先入観が植え付けられると,流石にその後はちょっと飲む気がせぬ.甘く味付けてあるインチキな方がよほどマシである.という認識に至るのではなかろうか.と思うわけであります.ちなみにワタシ個人は,中学生の時に自分でボルドー買って来て呑むまで,この偏見を払拭するには至りませなんだ.

    ウチでは祖父が大酒呑みでして,今のワタシと同じく,好きなだけ呑ませると幾らでも呑んでしまうため,普段は “力正宗” なる最も安い合成酒を呑んで倹約しておりました.して,時々,子供のワタシを前に据えて“初孫”を呑む.これはワタシが彼にとっての初孫なので,それを祝福する.という大義名分で呑むのですな.“初孫”は今呑んでも非常に美味い酒ですので,我が祖父ながら,なかなかに味の解る男であったと思い返すところであります.
    Posted by 「い」 at 2008年05月13日 01:28
  5. >>中世からずっと在るリースリングの白
    なるほど私はドイツワインは敬遠しがちで良く分かりませんが、リースリングを飲むときにはアルザスか、イタリアのトレンティーノ州のものにしています。まあアルザスなんて歴史的にはドイツなんですがね。

    黒猫はワインを飲み慣れない女子などに勧めると「葡萄ジュースみたいでおいしい」なとど言ってくれるので、「醸造用葡萄は生食用葡萄の味はしないぞ」と言いたくなるのをぐっと我慢して、甘いからツマミもなしにくいくい飲んでくれるので安上がりで便利ではあります。

    Posted by akira isida at 2008年05月13日 23:10
  6. > ツマミもなしにくいくい飲んでくれる

    そう,すなわち問題の中心はそこでありますね.つまり酒なんてぇのは,本質的に食事を美味く食うためのパーツでして,酒単体で美味いの不味いの言っても無意味にして無用,それどころか必ずや身体を害し,さらに健全な味覚の発達をも損なうは必定.

    そこのところを,酒単体での満足感ばかり追求しますと,必ずや甘過ぎ,或いは辛過ぎ,薫り過ぎ,旨過ぎを尊しと為す.と言った逸脱が起きるわけでして,これは以前ワタシが指摘した,「日本のフルーツは単体で食ぅた時の食味に注意を奪われ過ぎて食事全体のパートとしての均衡を失している」という事とも繋がるのですが,どうも本邦の人々は,何事も物事をヒタスラに突き詰め,良く言えば求道的純粋主義,悪く言えば近視眼的を誇るきらいがあります.

    本文の前振りでそれとなく匂わせたつもりの事は将にそのことでありまして,ロクな料理も無い,作れぬ,トータルに美味い食事を娯しむ習慣無きが如き風土で,ワインだけ一点突破的に美味いものを拵えようとし,ありったけの先端技術を駆使してソコソコの成果を収める.それはあたかもサスペンションの設計の仕方からして良く解っておらぬような水準の車体に凝りまくったDOHC24ヴァルヴなぞのエンヂンを乗せてスポーツカーと称した60年代日本車が如し.果してこれは食全体にとって良き事であろうか.という懐疑があるわけでございます.
    Posted by 「い」 at 2008年05月14日 00:09
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