2008年05月14日

ブックマーク -38または我が市の和菓子

先に酒の話を書きましたので,少し甘いモノの話もしないと片手落ちですな.

# ワタシは先述のようにお酒が大好きでありますが,すると世人とは早合点なもので,それでは甘いモノは苦手に違いない.と誤解されることが屡々ございます.そりゃまぁ幾ら何でも饅頭をツマミに酒を呑んだりは致しませぬ.そんな奇を衒ったことを為しても美味くない上に胃にも悪かろう,しかしながら酒呑みと甘いモノ好きは異なったクラスの属性であって,同一人物内に併存していても何の不思議もございますまい.

さてずっと以前のエントリで,ワタシはこう書きました.

「い」の住んでいる町は,人口が7万人しかない小さな町なのに,和菓子洋菓子ひっくるめて,異様にお菓子屋さんが多いです. なんでも人口あたり比率では京都についで全国二位とか聞いたことがあります.

これはつまり,伊東という街は観光都市の性格上,旅館などの宿泊施設に納入する菓子需要が大,またオミヤゲ用としての出荷量も馬鹿にならぬからでして,さらにもう一つ,これらの観光施設で働く労働者は女性が多い.して何故か女性は総じて甘いモノを好む傾きがあることにも起因しておろうと思っております.

それはさておき去んぬる日,知人のサイトで取り上げられておった記事がトリガーとなりまして,そぞろ甘味欲を喚起せられましたので,今回は市内に散在する和菓子屋を気儘に Vespa で徘徊し,幼少より贔屓の「岡の梅家」,叔父の友人「文寿堂」,東京「紅谷」の暖簾分けに当る「伊東紅谷」より,1コづつ買い求めて参りました.

和菓子
【ダイフク,ドラヤキ,キンツバと江戸和菓子の基本を押えたところで,市川製茶のエリツィン・ブレンド新茶を濃ぉく出して一服する幸福よ】

何?「1コづつ買って来るなど貧乏臭いことをするな」と?
いや,貧乏は仰せの通りなれど,積極的にバラ買いする理由はある.

と申しますのは,ワタシの睨んだところ,贈答用箱入り菓子とバラ売りの菓子はモノが違う.どう違うかと申さば日保ちが違う.これは憶測なのですが,箱売りというのは,保存性に妥協して味を手加減してはおるまいか.
例えば写真左手前を御覧頂きたい.これは「伊東紅谷」の豆大福ですが,いつも店頭にはバラで3〜5コしか置いてない.して,食えば非常に美味なれど,全く保存が効かず半日もすれば必ず固くなるのである.これでは箱入れして並べられぬのは当然の理.

# ちなみにこの「紅谷」,東京小石川の総本家は江戸時代の徳川家御用達から昭和まで続いた老舗中の老舗で,近代に至ってからも三条家などのヤンゴトナキ方面にもマメダイフクを納めていたらしいのですが,今は廃絶した由.但し暖簾を継ぐ店は今も全国各地に散在し,東京では「青山紅谷」が盛業中であるとのこと (そう言えば青山通りにございましたなぁ) ,さらに伊東紅谷を検索してみると参考になるサイトがありましたが,ここでも「固くなるのが本当なのだ」との記述がございますね.固くなったのを焼き返して食うとこれがまたヨイのである.

そこで諸君,改めて思惟を巡らされたい.世によくある何日も軟かいままのダイフクモチとは,果してそれは真なるモチか.この事象の背後には何らかの欺瞞が潜んではおらぬだろうか.真っ当な技術革新なら良いが,外見はモチであっても内実は知らぬうちに別物に掏り替わっておるのではなかろうか.世には「雪見だいふく」のように凍っても固くならぬモノさえあるのだから油断はならぬ.そも元来の「和菓子」とは,どのようなものであったのだろう.

とまぁ,一旦猜疑心,もとい知的好奇心に囚われるとムラムラと調べたくなってしまうのは我が悪癖にて……


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京の和菓子
近世初期までの和菓子というのは極めてシンプルなものであって,今に見る京和菓子の優雅と華麗と巧緻というのは,昔からそうだったような顔をしているが実はそうでないことが如実に解って面白い.我々がイメージする京和菓子の成立は近代.東京遷都によって宮中御用達のプレステージを喪い,生き残りを模索した結果,趣味の「茶道」に活路を見出した京都和菓子業界のブランド戦略の産物のようだ.

和菓子の京都 (岩波新書)
京和菓子の頂点に君臨する「川端道喜」先代主人による中世から近代までをやや駆け足で語る史談.流石に「道喜」だけあって家伝の古文書も豊富とみえ,簡単で短い引用なれど貴重な資料を多々含む.本書でも現代京和菓子の成立は明治以降であることが異口同音に語られている.やはりここでも正規の製法で造るチマキは極めてシンプルではあるが非常に工数を要し全く量産も出来ず日保ちもしないことがわかる.そう思うとデパチカなぞで売ってるチマキとは,あれは何であるか.

森安 正 和菓子 (リンクなし)
毎日新聞社 昭和48年
こちらは昭和末年の執筆当時に実売されていた全国和菓子のアトランダム.今では食べられないモノも多かろうが,正直申して中途半端にモダナイズされた垢抜けないものが多く,是非とも食ってみたくなるものは多くない.


少しづつ拾って読んでいる「日本の名随筆」から,菓子を取り上げた一巻.女性作家が異様に多いのが興味深い.甘味に対する嗜好には生物学的な性差があるのだろうか.それとも後天的に獲得した文化的なものなのだろうか.しかし読んでいると,ごく近年まで甘味が貴重だったということが如実に解る.基本的に「まずは甘くなきゃいけない」の世界であって,塩味や旨味を主軸に置いた菓子の登場頻度は非常に少ない.

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これら菓子についての本を通読して痛感するのは,近世以降の日本の食文化の驚くべきコメ偏重である.主食はコメ,酒の原料もコメ,菓子の原料もコメ,と自ら食の多様性を切り捨てたようにさえ見える.どうしてこのような硬直化した偏頗な歴史を辿ったのか,まさか僅か270年の徳川幕藩体制下の石高制の所為で急にそうなったわけでもあるまい.

目下の私の仮説は「日本人は,古代から意識的に営々と自らの思想,社会,自然風土,思想さえもコメに最適化すべく改造した結果が近世に顕在化したのではないか」ということであって,実はそれこそが天皇制の本質ではないかと思っているのだが,唐突に天皇制を持ち出しても軽率な飛躍の誹りを免れ得まいから,ここはひとつ着実に読み解いて行こう.

そこで注意喚起したいのは,以前に取り上げた「日本の米 - 環境と文化はかく作られた」 (既読) で,本書では我々が在りのままの自然のように思っている日本の風土・風景は,古代からの絶え間ない人為的テラフォーミングの産物であって,この目指すところは偏に水稲耕作に収斂して行くことを解き明かす.

著者の立場はこれらを文化遺産として捉え,保全・保存を主張することにあるようだが,果して莫大な補助金漬けによって国際価格の数倍にもなる高コストのコメを造り続ける日本の水稲耕作文化とは,近年までは確かにかけがえの無いものであったかも知れないが,未来までそうあるべきなのだろうか…と考えざるを得ない.
そうまでして数値上の食糧自給率を保ち,共同幻想としての日本の山河を保全しても,物流を全面的に石油に依存する現状では,文字通り「絵に描いた餅」だと思うのだが.例えば天明の大飢饉とて,当時の国内のコメ総生産量は不足していたわけではなく,物流システムの構造的欠陥に起因していた事は既に解明されているではないか.
一方,別の方面からの切り口で極めて示唆に富むのは.

日本文化の多重構造―アジア的視野から日本文化を再考する
今回の一推し名著.表題・サブタイトル共に至当.ここでも焦点は水稲耕作文化で,著者は学者としての自制心から敢て推論を控えているフシがあるのだが,稲作文化の発祥発展地域であるアジアでは非常に多種多様なコメ文化が存続し,渡来当初の古代日本から中世末期にも,その多様性は健全に存続していたことを豊富で新しい資料から分野横断的に語る.
特に環境親和性の高い農法としての焼畑農業に関する考察は極めて興味深い.また,ハレの聖餐たる「モチ」の粘り嗜好とは,遥か古代に日本列島にこれを持ち込んだモチゴメ文化圏の名残が継承されたものではないかという控え目な推論は非常にエキサイティングである.そして,それがどうして今の日本に見られるような排他的水稲文化に集約されて行ったのか…は書かれないが,これは私の関心のありどころであって本書の責ではない.

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書 1930)
上記のような関心から「なぜジャガイモは日本を動かせなかったのか」という視点で読んでみた.本書で語られるのは.ジャガイモが動かした (動かすことが出来た) 世界,つまり中欧・北欧・北米世界の話が主で,エピソードは体系立っては居らず紙幅も少ないが種類は豊富な好著.
但し,日本に触れることは僅かで,どうしても隔靴掻痒の感があるのが,日本のジャガイモ渡来は欧州に遅れること僅かであったのに,なぜこの画期的な作物が (アイルランドやゲルマン,スラブ諸国のように) 近世東北日本農業の悲惨を救えなかったか.というところであり,そここそが私の最も知りたいところでもあるのだが,生憎と確かな記録は専ら幕末から明治以降になってしまうらしい.救荒作物としてのサツマイモは中学の教科書にも載るぐらい良く知られたことであるのに,世界の食文化における影響力から言えばサツマイモより遥かに大きい役割を果たしたジャガイモが,なぜ近代まで日本の農業史を変えるに至らなかったのか.今後も研究の進展を関心を持って俟ちたい.

インカ (NHK スペシャル 失われた文明)
アンデスミイラ (NHK スペシャル 失われた文明)
そのジャガイモの原産地である古代南米の諸文化について復習のつもりで読んだ.あいにく食文化からの視点は無いのだが,豊富な写真から大凡の風土は推察出来る.
これは私の妄想なのだが,16世紀の東北日本がジャガイモとキヌアを受容していたら……というのは楽しい歴史の IF である.ジャガイモの原種と現在の改良品種の収量差から推して,キヌアを300年間品種改良を閲しつつ盛んに栽培していたら…… -そしてそう出来るだけの気候適合性や農業技術は存在した-
何せジャガイモは言うに及ばず,キヌアもNASAお墨付きの近未来有望な作物なのである.そうであったら東北日本の近代史はどう変わっただろうか.

【関連エントリ】
ここにも白い悪魔
喫茶養生記リターンズ

posted by 「い」 at 00:03 | Comment(11) | TrackBack(0) | 読書記録
[この記事へのコメント]
  1. >「い」様

    その後Vespa君でウロウロいたしまして...

    甘清堂なるお店の「げんこつシュークリーム」
    松柏堂なるお店の「豆大福」
    笹子屋なるお店の「おだんご各種」
    たむら屋なるお店の「おだんご各種」
    スーパーあおきの「あげまんじゅう」&「餡ドーナッツ」

    よろしいモノでございました(^^)。

    欲するに従ってましたら些か範を越えたらしく、血糖値がアレで医者から大目玉...まぁ因果関係ははっきりしてますので納得の結果であります(^◇^;)。

    んで。文章中のお菓子といいますと。

    百鬼園先生の文章に頻々と登場する「大手饅頭」。「猫」に出てくる藤村の羊羹。いいもんなんだろうかと気になってしまうのはこの二つです。なんか「美味しいそうに書いてある」んですよね(^^ゞ。

    稲作と古代社会につきましては、最近せっせと基本から学習中です。また何かお聞かせ下さいましm(__)m。
    Posted by 1sugi at 2008年05月14日 20:04
  2. ジャガイモの食物文化史に関連した本です。

    http://www.amazon.co.jp/gp/product/toc/4762208590/ref=dp_toc?ie=UTF8&n=465392

    こちらはナス科植物全般の文化史ですが、なかなか面白かったです。

    Posted by akira isida at 2008年05月14日 21:17
  3. 上にも書きましたが,新茶が出てますます和菓子が美味い時期でありますね.カシワモチとか草餅なぞも季節ですしのぅ.言い忘れたが「紅谷」の一口大の草餅がまた…
    それはさておき.

    > げんこつシュークリーム(以下4点 略) ……ほほう.何れもソソられますなぁ.今度御近所のあたりを徘徊する事があれば,底引網的に浚って行きたいもので.それにつけても,

    > 餡ドーナッツ ……これは危険.対人兵器的危険さであります.いやぁワタシはこれ店を問わず好きでしてなぁ.糖分と脂肪分と糖分と脂肪分,剣呑々々.
    ところでドーナツというのは,西洋のねじりんぼドーナツと殆ど同じものが天平時代に唐から伝わりながら,例のコメ偏重文化風土に埋もれて膾炙せぬまま春日大社の神饌として細々と1300年の間存続していたもののようで「ぶと」と申すらしいのですが,これを近代になってアレンジしたモノが奈良に売ってございます.http://easyurl.jp/ait
    …如何でしょう.見るだに危険な感じが致しましょうが.

    > 大手饅頭 ……これは岡山まで行かぬと蒸かしたては入手不能でしょうなぁ.ううむ.岡山は去年通り掛かったのだが通り過ぎてしまったでのぅ.備前焼と備前長船を見に行く機会があればいいのだが.

    > 藤村の羊羹 ……ワタシの学校は神田でしたが,意外と本郷方面は灯台下暗し,今まで馴染まずにおります.それでなくとも羊羹は子供の頃から虎屋で通して来てしまって.てぇか漱石の好物ってのは,どうも何れも胃に悪そうな気がするのですが.

    > 稲作と古代社会 ……何はともあれ上掲の「日本文化の多重構造」これは大変に良い本でございます.一国内の矮小な稲作文化論でなく,汎アジア稲作文明の広大な世界が暗室のカーテンを開いたが如く目前に赫と拓ける思いのすること受け合い.また近々,読書記録にも取り上げますが,もし機会がございましたら,非稲作民からの視点として 「アイヌの歴史―海と宝のノマド http://easyurl.jp/ais 」を併せてお手に取られると,一段と興が増すことと存じます.

    # 「風来忍法帖 http://easyurl.jp/aiw 」良ぅございましたでしょうw? 同工異曲の「隠し砦の三悪人 http://easyurl.jp/aix 」なんぞリメイクするなら,あっちのほうが遥かに…って18禁になってしまいますかなぁ.
    Posted by 「い」 at 2008年05月14日 21:28
  4. > 2. ナス科植物全般

    ご教示頂いた本は誂えて未だ届かぬものの,折しもこのようなニュースがございました. http://easyurl.jp/b4u
    これには驚きました.ワタシはトマトの食用化は専ら人為的な品種改良によるものだと思っておりましたが,1つの種にそう幾度も起きないであろう大きな突然変異が,選りにも選って16世紀のタイミングで起きていたとは.

    もしこの突然変異が,種の寿命からすれば僅かな時間であろう1〜2世紀だけ後にズレて起きていたら,16世紀に南欧に起きた飢饉とタイミングがずれてしまうので,トマトは普及の切ッ掛けを喪い,今に至るラテン食文化は全く様相を異にしたものになったことでしょうし,また,数世紀前にズレていたら,インカ・アステカ文明下の栄養バランスは飛躍的に向上して生産力増大,以て保有国力も大きくなりましょう.そうすれば世界史は現状と随分異なった道を歩んだことでしょうな.

    日本でジャガイモが普及せなんだのも,もしかしたら,このような些細な切ッ掛けだったのかも……いやいや,これは只の妄想.
    Posted by 「い」 at 2008年05月24日 19:40
  5. トマトの突然変異の説は面白いですね。

    岩波新書から出た「ジャガイモのきた道」を読んでいますが、日本への伝来についてまるまる1章、30ページ弱を割いております。江戸時代には救荒作物として、塩ゆでや囲炉裏の灰で丸ごと焼いていたようです。 

    日本で食文化としてジャガイモが普及するのは、明治になって軍隊食としての「肉ジャガ」まで待つことになります。ジャガイモは動物タンバク質や油脂と一緒になって料理として一般化するというのを、勝手に「フィッシュ&チップス仮説」と呼んでいます(笑)。

    イギリスのフィッシュ&チップス
    フランスのラクレット
    ドイツのソーセージ&クヌーデル
    なぞが実例でして、ソーセージ&クヌーデルはこちらに写真を上げておきました。
    http://web.mac.com/a_isida/Passegiata/Blog/エントリー/2008/5/15_SPATENHOUSのジャガイモ.html

    これが日本であれば、今は祭りの屋台の定番「じゃがバター」となるところでしょう。醤油とバターの相性も良いですから。

    牛乳から租を作っていたのだからバターもあったはず、きっとマグロのトロと一緒で、浮いた油は捨てたんでしょうね。もしも誰かが浮いた脂とジャガタライモの組み合わせを思いついたのであれば、江戸の流行り屋台として成立したかもしれません。


    Posted by akira isida at 2008年05月25日 11:16
  6. >>5. > フィッシュ&チップス仮説

    実例を見ますに,確かにそのようですね w
    しかしながら近世日本の食ってのは油脂分を嫌うこと蛇蝎の如くで,今でさえ「脂っこい」という形容詞にはネガティヴなニュアンスがあるくらいですから,近世日本人に受容されるかどうか,やや心許ない気はします.
    特に江戸の人はみな風土病的に胃弱っぽいというか,ウナギでさえ蒸して脂を抜いて食ってるほどですからなぁ.あれは何だろう,江戸にはピロリ菌が多かったとか,そういうことなのだろうか.明治時代になっても漱石などはその典型かも知れませぬ.

    さりとて人の舌には「舌に絡み付くトロミ」とか「歯応えあるネバリ」に対する嗜好というのは抜き難く世界普遍的に存在するもので,近世日本人が,苦手である脂肪分なしにトロミネバリを味わおうと工夫した結果が,「あんかけ」の発展に結実したのではないかと,ワタシなりに思っております.みたらし団子とか,あんかけそばとか.

    さよう,もし近世日本,特に関東以北がジャガイモを大々的に受容した歴史 IF を考えるとしたら,そっち方面を指向したのではないかとワタシは思うわけでして,ジャガイモ澱粉を使ったニョッキ風ダンゴ,或いはスイトン,野菜旨煮あんかけ,ジャガイモ汁粉,果てはズンダ餅のようなもの等々…が工夫されたのではなかろうか.などと空想を遊ばせたりもするわけでございます.

    # 折角ポインタを示して頂いたところ,URL 文字列に日本語が入ると,自動リンクが切れてしまいますので,以下の通り,張り直しておきます.

    【岩波新書「ジャガイモのきた道」】
    http://easyurl.jp/b60

    【ソーセージ&クヌーデル写真】
    http://easyurl.jp/b5z
    Posted by 「い」 at 2008年05月25日 18:07
  7. AFP のニュースを見ていましたら,ジャガイモの原産地を巡ってチリとペルーがやりあっておるそうな.http://easyurl.jp/be4
    何ともクッダラねぇ偏頗なナショナリズムと申しますか,何を地続きのところで言い合っておるやら.そもそもそんなものはチリ|ペルー人の手柄でも何でもないではございませぬかねぇ.
    Posted by 「い」 at 2008年05月28日 22:21
  8. >>原産地を巡ってチリとペルーがやりあっておる
     野生種はモンゴロイドが南下して南米に入る前から生えてたんですから、意味のない争いです。

     日本でも「肉ジャガの発祥地」で広島県呉市と京都府舞鶴市が共に主張しているようですが、別に争いまでは至ってないようです(笑)。

    Posted by akira isida at 2008年05月30日 22:17
  9. >>8. >肉ジャガの発祥地

    東郷 平八郎提督が肉じゃがを考案したのは呉鎮に居た時か舞鎮で逼塞してた時か.という話ですな.ウチのオヤジは海軍でしたので,戦前の艦隊勤務の時に日常的に肉じゃがが出ていたか訊いてみたのですが,ちとボケておって(笑),思い出せぬようであります.家で作るようになったのは戦後もかなり経ってからだとは思うのですが.

    にしても肉じゃが,原型のビーフシチューとは随分と別物になっておるようではありますれど,考えてみれば少ない肉でも美味しく食べられるローカロリーの煮込み料理として,昨今の世界的な食肉危機の折柄,西欧世界に逆輸出して広めてみてはどうだろうと思ったりも致しますね.
    Posted by 「い」 at 2008年05月31日 17:04
  10. >>ローカロリーの煮込み料理
     糸コンニャクなども受けるかもしません。

     前述の新書で、日本で昭和初期まで行われていたジャガイモ澱粉の作り方、「カンナカケ」という道具で薄くスライスして水にさらす方法が紹介されています。澱粉をとった後の芋も乾燥させて「カンナカケイモ」として保存して食用にするそうです。

     これ・・・どこかで見たことがあると思ったのですが、そう思い出しました白土三平のカムイ外伝です。おそらく今の群馬あたりの土地の荒れたところでのコンニャク芋の加工を描写したものでした。あちらはスライスを乾燥させてから粉砕して「荒粉」を作るんでしたね。

     ということで、芋は芋でもジャガイモからコンニャクに変容してしまいました。

    Posted by akira isida at 2008年06月02日 21:05
  11. コンニャクってのも不思議なイモではありますなぁ.司馬 遼太郎が生前「なぜ古代中国で発祥したコンニャクが絶え,日本にだけ残ったのか」を考察して書いてましたが……まさか21世紀になって飽食の先進諸国でダイエタリーフードとして脚光を浴びようとは.

    試みに英語版Wikipediaを引きますと,肉じゃがは,遺憾ながらあまり知られておらぬと見えて,記述は非常に簡単なものですが,
    http://en.wikipedia.org/wiki/Nikujaga
    糸コンニャクの項は,変に充実していたりしました.
    http://en.wikipedia.org/wiki/Ito_konnyaku

    追記:今年は IYP(国際イモ年) なのだそうであります.世界進出のチャンスだぞ肉じゃが.
    http://www.jaicaf.or.jp/fao/IYP/IYP_1.htm
    Posted by 「い」 at 2008年06月03日 12:52
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