2008年05月23日

スパイダーマンの性欲

いささか面映いのですが,ワタシは性欲が弱いのではあるまいか.

こういうことは定量的に比較する手段はないので,単にワタシがそう思っておるだけなのですが,世の中にはワタシより性欲が強い人の方がずっと多いような印象があります.
これはワタシの若い頃からそのように感じておりまして,老い涸れ衰えた果の疑心暗鬼ではない.例えばワタシがまだ血気盛んなりし20代の頃,こういうことがございました.

ある日の払暁,世界が目覚めるには未だ早過ぎる刻限であります.夜なべ仕事を終えて就いたばかりの寝床で浅い眠りを貪っておったワタシは,妙な物音と息遣いに気付いたと思いねぇ.

その頃に住まっておったワンルームマンションは,構えはそれなりの体裁なれど,内壁工事がお粗末にて物音が漏れ易く,道理で妙に家賃が安いと思ったが既に入居してしまったものは是非も無し,また我が隣室はウラ若い美人の娘が住んでおって,単なる美人でおれば目の保養で結構なのですが,彼女も一体の生物であって人形に非ざれば,人の為すような事は一通り致します.否,一通り以上である.
とりわけ悪い事に彼女は大変に房事が好きであった.


どのくらい好きかというと,とにかく殆ど毎日,何回も何回も宵から朝方まで致しておる.いくら遮音の悪い壁とは申せツツヌケに聞えるのですから,よほど声が大きい娘でもあったのでしょう.何回致したか隣室のワタシが「正」の字を書いて数えられる程であります.已むを得ずコッソリ壁に穴を開けまして,いや覗き穴ではない,防音のために壁内に発泡ウレタンなど注入してしてみたのですが焼け石に水であった.これから家をお建てになる方,専門家として申すが後施工の防音工事は面倒で金が掛る割に効果が薄い.建築前に熟慮される事を強くお奨めする.

ともあれワタシも身に覚えがありますが,当事者にとって婦人の大きな声は甚だ士気を昂揚せしむるのは事実.しかし部外者にとっては単なる騒音.しかも猿の如くノベツマクナシというのはエロマンガのような虚構世界にしかないものだと思っておりましたが,現実に存在するとは心底蒙を啓かれる思い.猿の性行為がそのように頻繁か,また声が大きいか浅学にしてワタシは知らぬものの.

そういう状況にあってもワタシは即物的な性格ですから所詮は他人事,格別に劣情も興も喚起される事はなく,ただウルサイのは閉口ですので,向うのエンヂン全開加速が耳に剰ると壁をドンドンと叩いて注意する.すると暫くは静かになるのですが,前にも増して大きな声で再開してしまうので,結局は終わるまで辛抱しておるしかない.がしかし終わったと思えばソッコー始めやがるのであります.
にしても相手あっての事であるから,よく男の方も付合いきれるものだとは思いますものの,どっちがどっちに付合っているのか知らぬし興味もございませなんだ.隣人の動向には三猿を決め込むが都市生活のマナーというものですからな.つまりは不穏な空気を孕みつつ薄き壁を隔てて猿が合計三匹対峙しておったわけである.

然るにその早朝は,物音の聞えて来る方向が平素と違う.窓にブラインドを降ろしているので見えぬが,耳を澄ませば我が部屋の窓外バルコニーから聞えるようである.ここは3階の角部屋である.猫などが登って来る事も出来ぬ.もし我が部屋のバルコニーで隣人が房事を致していたら天下の奇観であろうが流石にそれは有り得まい,すなわちこの物音は泥棒強盗空巣の輩に紛れも無し.

眠気に霞んだ頭でそこまで思い至ったワタシはガバと跳ね起き,咄嗟に手近に得物となるものはないか見回しましたが生憎とデザイナー稼業なれば三角定規しかなかったのでそれを油断なく弓手に構え,馬手でブラインドをシャあッと開けたところ,そこには案の定,バルコニーの腰壁に修羅の形相で獅噛みついておる若い猿,もとい男が居りました.しめた,敵は両手が塞がっておるぞ.

オノレ胡乱な奴めと眼光炯々睨み付けますと,折しも射し初めた旭光に浮かび上がった顔は,隣室の娘に通っておった男に紛れもない.一体何をやっておるのかこの男,こちらも凝然あちらも狼狽,互いに硝子窓越しに見交す視線が凍り付いたまま長い時間が経ったような気が致しましたが,実際は一刹那でありましたろう,彼奴は,呆気にとられて眺めるばかりのワタシに,笑みとも諂いとも詫びともつかぬ奇妙な視線を投げながら,まぁ両腕でバルコニーにぶら下がっておるのですから挨拶の為様もないとは思いますが,ぶら下がったまま隣室の方へ器用に転進し,ワタシの視界から消えて行ったのであります.

察するに彼奴は,非常識にも黎明時に娘を訪のぅたものの部屋に入る事能わず,無謀なりや建物隅の竪樋を伝って3階まで登り,スパイダーマンの如く我が角部屋バルコニーの腰壁にハァッと取ッ付いたところでワタシに見付かったらしい.
…数分後,すっかり眠気も緊張も醒め果てたワタシの耳に,いつものように始めた物音と,聞き飽いた娘の大きな声が聞えて来た事は申すまでもございませぬ.また,いくら見知った仲とは云え払暁に窓から入って来た男と早速始めてしまう娘も娘.バルコニーで愛を語るのはロメオとジュリエットぐらいにして頂きたい.

それにしても大変なものである.くどいようだが此処は3階である.下はコンクリート塀と舗装面で,落ちればたぶん死ぬ.助かっても大怪我であろう.奇跡的に軽症で済んでも大音響の騒擾によって警察沙汰となるは間違いない.ワタシの専攻は建築なれば熟知しておるが,竪樋というものは到底人体の質量を支える強度は無く,樋が外れて落ちなかったのは僥倖に過ぎぬ.
そこまで人をして分別を喪わしめるものか性欲とは.そうまでして致したいものか房事とは.

これはとても敵わぬ,ワタシの何処を絞ってもそのような強烈な性欲は出て来そうにない.と,若き日のワタシは思ったわけでございます.オチの無い話で申し訳ないが.

は? 皆が皆そこまで強烈な性欲の持主というわけではない? さようですか…いや,本当に?

【この日本版スパイダーマンは内気な学ランの高校生が主役で,強姦されかかった女子高生なんぞを助けるという至ってドメスティックなストーリになっております.ヘタクソとしか言い様の無い大昔の池上 遼一の絵も非常に味わい深い】







posted by 「い」 at 10:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 閑話随筆
[この記事へのコメント]
  1. >「い」様

    まぁ...ファーブル昆虫記なぞ読みますと、よろず生き物は生殖する為に生きてるようですから、死を賭して一義に及ぶほうが正常なのかも知れませぬが...

    んで。

    性欲云々以前の問題ですが、ワタシは全体「いきもの」として弱く、迫力に欠けております。

    そのためか。

    語れるほどの場数は踏んでおりませぬが。

    大きな声の御婦人相手は萎えます。かそけき声のほーが昂進いたしますです、はい。
    Posted by 1sugi at 2008年05月24日 18:34
  2. 考えてみますと,交尾中は全くの無防備ですから,生物としては無音無声の方が良い筈ですなぁ.蚯蚓から猪まで,生きとし生けるもの全てがヒト並に大声を出しておったら,さぞ拙宅界隈あたりは乱がわしからん.

    ……いやしかし猫は.
    ……いや待て,猫の喧しいのは交尾前であろうか.
    Posted by 「い」 at 2008年05月24日 19:10
[コメントをどうぞ]
お名前: [必須]

メールアドレス: [必須.表示しません]

ホームページアドレス:

コメント: [必須.お行儀の良くない言葉にはエラーを出します. なお,サーバの気紛れでコメントの反映が遅れる事がありますが,気長に御覧ください]

認証コード: [必須]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。